朝日新聞【社説】2005年05月23日(月曜日)付
長良川堰10年 この惨状をどうする
三重県の長良川河口堰(かこうぜき)が23日、使い始めて10年になる。
鵜飼(うか)いで知られる長良川は、大河川では珍しく本流にダムがない。
「清流を守れ」と全国から反対の声が上がったが、当時の建設省が建設を強行した。
結果はどうだろう。
特産のヤマトシジミが取れた堰の周りは流れを遮られ、泥がたまっている。
せき止めた水の利用はごく一部だけだ。
国土交通省は「渇水の時などに役立つ」というが、1800億円を投じるほどのことだったのか。
この10年を振り返ると、事前の説明とは異なることが次々に起きた。
水質悪化の目安となる植物プランクトンの量は、当初の予想を大きく超える。
シジミは放流しても大半が死んだ。漁民は数年で放流をやめた。
アユの漁獲量は半分以下になってしまった。
「水質の変化は想定の範囲内。漁民には補償金を払っている」
という国交省の説明は、強弁としか聞こえない。
せっかく大量に取れるようにした水のうち、使っているのは1割だけだ。
それも水道用に限られ、工業用水には全く使われていない。
「この地域が発展したら必要になる」と説明されていたが、
10年たっても、買い手は現れなかった。
建設費のうち900億円は愛知、三重両県と名古屋市が23年ローンで支払う。
しかし、工業用水が売れないため、一般会計の一部をローンの返済に回した。
水道料金も上げざるをえなくなった。
もともと10キロ上流に、土砂が川底にたまった自然の堰があり、
海水がさかのぼって田畑にしみこむことを防いでいた。
だが、洪水の時には、じゃまになる。
自然の堰を壊し、代わりに造ったのが、ゲートを開閉できる河口堰だった。
しかし、洪水と塩害を防ぐのなら、他に方法はあった。
自然の堰をいじらずに堤防をかさ上げしてもよかった。
自然堰を壊しても、その近くで塩害対策を講じればよかった。
結局、水を大量に使っていた60年代の計画にこだわりすぎたのだ。
古びた計画を80年代に強行し、そのツケがいま回ってきている。
長良川河口堰で批判された後、国は河川法を改めた。
住民の参加や環境の保全を唱え、ダムの建設を中止し、川の蛇行も復元している。
できるだけ自然をありのまま残そうというのだ。
そうしたことは原点の長良川でこそ取り組むべきだ。
まずはアユが川を上る春や下る秋にゲートを一部でも開けてみてはどうか。
海水が上らない範囲なら、今すぐできる。
上流からの川の水と海水が混じり合う河口は魚や貝、野鳥の宝庫だった。
ゲートを開け、堰の上流に海水を入れれば、それを一部でも回復できる。
取水口を上流に移せば、利水への影響も少ない。
ダムと違い、堰はゲートを機動的に動かせる。その機能を生かすべきだ。
この惨状をできるだけ回復する。それは国交省の責任である。