2002年の大水害でEUはこれまでの治水を反省した
「欧米の先例に学ぶ治水のあり方」
アウトドアライター
天野 礼子
プレス民主より転載
「EU洪水委員会」の結論
新潟水害の現地を、先月号のルポを書かれた大熊先生と二度歩いた。
「ダムができたら安全になるといわれたが、ウソだった、破堤して人が死んだじゃないか」「ダムができて安心と、完成した翌年から水防訓練をやらなくなっていた」と被災者に聞いた。
私は、2002年8月のドイツを中心とした大水害が、今夏の日本各地の水害と類似していると思っている。暴雨風と洪水で、ドイツでは100人、黒海沿岸では55人の死者。オーストリア・チェコでは数十万人が被災したものだ。
その9月には、ドイツの関係5省庁が次のような発表をした。「川に沿ってあまりにも多くの構造物が造られていたので、水害を起こさずに洪水を受け入れる余地がなくなっていた。これまで造られてきた"洪水を防ぐ"というすべての構造物(ダムや堤防)が、そこから下流における洪水の危険性を高めてきた。人が住んでいない地域に洪水を受け入れるための遊水地を川に取り戻すために、国家は努力しなければならない」。
その後の「EU洪水委員会」では、次の対策が発表された。
@ 洪水救済のための「EU団結基金」の設立
A ヨーロッパ投資銀行からの融資(ドイツとオーストリアに6億ユーロ。チェコに4億ユーロ)。
B 「ブタペスト宣言」の発表
・ 統合河川流域管理計画は、全体的な洪水予防のための洪水管理戦略を包含しなければならない。
・ 人命の保護対策をより強固にして、なおかつ洪水が生物多様性に良い影響を与えるようにしなければならない。
・ 洪水に対する、より良い管理・予測、国際的な情報交換システムと保険システムを構築しなければならない。
・ 洪水予防・洪水管理に関する政策決定において、住民の認識を高め、住民も参加させなければならない。
・ 治水のための構造物の建設には慎重であらなければならず、自然の生態系の回復に必要な経費の査定を行なわなければならない。
日本もこれらのような大胆な反省が必要なのではないか。
米国は役人があやまった
アメリカでも、1993年のミシシッピ川の水害時に、治水を担当していた陸軍工兵隊が国民にあやまっている。「私達や州政府が"治水によかれ"と思って、川をまっすぐにし強い堤防を造ってきたことが、流れをますます早く強く、川の一番弱いところに集中させてしまった。強い堤防を造ったために人々は、それまでは住まなかった洪水氾濫原に住んでしまい、予想を越えた洪水で破堤したことによって大きな被害を受けた」と。そして@財政難なので補償はできないが、この洪水氾濫原から出て行ってほしいAできない場合は自分で洪水保険に入ってほしいBその金もないなら、大事なものは二階に置くなど自己防衛してほしいと発表した。翌年には利水担当の開墾局も「アメリカのダム開発の時代は終わった」と発表し、現在までに600以上のダムが撤去されている。
10月22日の朝日新聞では、名古屋大学のT教授が「今年のような多雨が続くのであれば、ダムと堤防の二本立てで進めてきた治水を根本から見直す必要がある」と提言されている。
新潟県の五十嵐川では、洪水の最中にダムの放水が始まり、ダムが水害を大きくしてしまったことが問題視されている。ダムは一定程度は洪水を受け止めるが、満杯になってしまうと、ダムの破堤を防止するために放水せざるを得ないからだ。
なぜダムが造られてきたか
戦後ダムラッシュが進んだのは、伊勢湾台風などの被害が人心を不安にさせたからだった。しかしその水害の原因は、戦中から戦後にかけて日本中の山が、燃料供給・都市の復興・針葉樹の大造林などのためにかつてなく丸裸になっていたためであった。
先日、Y県の河川整備者がこんなことを言ったので驚いた。「ダムをひきうけると、半額で治水ができるというが、実際は一割で済む。多くは起債で解決できるから。県は財政難だから、一千万円の堤防補修費でもひっぱり出すのが大変。でもダムだとポケットがいっぱいあって、あちこちから金が出るんだ」。私は聞いた。「一割といっても数十億円でしょ。これを10年で払っても年間一億円。どこにそんな金があるの」。返事はなかった。
今夏の水害では、多くの河川工学者がこれまでは閉じていた口を開いて「もっと早く現在の堤防の弱点箇所を補強しておくべきであった。」とも言った。
ダムを推進したい国交省河川局はこれまで、多くの国民の生命を守っている堤防の強化を県の費用としておいて、「ダムなら一割で済むよ」と県にささやいてきた。
多くの県知事が、ダム工事が地元の建設業者の仕事になると引き受けてきた結果が、全国の自治体の膨大な赤字となっている。
民主党に求める「治水思想」
民主党には、中央と地方の「なれあってきたダム政治」を正し、地方財政を助けてやる義務がある。「緑のダム構想」を公約として持っているからだ。この構想は、筆者や大熊氏が委員となった「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」が、当時の代表鳩山由紀夫さんの諮問を受けて作成したものだ。
欧米では、官僚たちが"近代河川工法"を駆使した「20世紀の治水」には誤りも限界もあったことを認め、国民に謝罪し、一番手厳しいNGOに助言を求めて、「ダムに頼らない治水」や「遊水地づくり」や「川の再自然化」を進めている。
日本では官僚が、自民党と進めた政治の誤りを決して認めない。薬害エイズしかり。水俣病しかり。長良川河口堰しかり。
「政権交代」を前提として、民主党に国民が求めているのは、このような官僚を謝らせることだろう。
今夏の水害の経験を欧米に学ぶ民主党の「治水思想」が、一月からの補正予算に出てくる「緊急治水治山工事」の危さをどう料理するのか。今夏の水害を安易に、ダムや、かえって人家を川に集中させてしまう「スーパー堤防」の推進に結びつけることなく、日本列島にとっての"真の治水"を考えるきっかけにしてほしい。