日米ダム撤去委員会 報告書
2004・7・13新潟水害からダムに頼らない治水を考える
大熊 孝(新潟大学教授 工学部)
新潟水害の特徴
平成16年7月13日の新潟水害の特徴は、計画規模をはるかに超える大洪水が五十嵐川と刈谷田川で発生し、
堤防余裕高に食い込んで流れ、さらに各所で天端を越流するという状況であり、
五十嵐川・諏訪地点および刈谷田川・中之島地点で、高堤防を越流状態のまま数分から十数分という短時間で破堤し、
激流となって人家を襲い、表1のように多数の水死者と家屋の全・半壊という激甚な被害を発生させたことである。
(因みに、7月の福井県足羽川及び10月の兵庫県円山川での破堤は、越流開始から破堤に至るまでに、
それぞれ約90分、約130分かかっており、普通の越流破堤と言え、新潟の破堤は特異と言える。)
12人の水死者のうち10人が60歳以上であり、急激な氾濫に逃げる時間的余裕がなかったことが水死の主原因である。
ただ、三条の水死者の中には、破堤氾濫時刻から数時間たって死亡している事例もあり、
普段からの独居高齢者の把握や非常時の避難介助を再検討する必要があろう。
全壊家屋は当然復旧に困難を極めているが、半壊家屋にしても一階の天井近くまで浸水し、
住むことのできない家が多く、解体新築を余儀なくされる家も少なくない。
なお解体費用は、3.3m2当り3万円から5万円かかり、普通の家で100万円を越す状態にある。
県・市による被災者生活再建補助金制度では制限なしで全壊100万円、半壊50万円の支給があったが、
国の被災者生活再建支援制度(支給上限300万円)では基本的に年金受給者の分まで含め
世帯収入が500万円以下の場合に支給対象になっており、多くの被災者は家屋の解体費もまかなえない状況にあった。
ここで注目しておきたい点は、越流だけで破堤しなかったところは、
床上・床下浸水もあるが、大きな被害にはなっていないことである。
また、下流の信濃川派川の中之口川では計画高水水位を70cmも超える洪水になり、
中之口川沿いの白根市では避難勧告が出され、多くの市民が避難するまでになったことである。
仮にこの2箇所の破堤氾濫がなかったならば、破堤地点の対岸や中之口川のどこかで破堤していたのではないかと想像され、
この破堤氾濫が対岸や下流にとっては幸いであったということである。
この点を考慮するならば、今回の被災は本来流域全体で受け持つべき被害を
集中して犠牲的に受け持ってくれたと見ることもできるのであり、
生活再建支援制度をもっと手厚いものにして良いのではないかと考える。
ダム群の水害軽減効果
次に見ておきたいのは、ダムが水害を防いだかどうかである。
五十嵐川には笠堀ダムと大谷ダム、刈谷田川には刈谷田川ダムがある。その諸元などは表2に示しておく。
ダムへの流入量と放流量の関係をみると、ダムは下流の被害を軽減したといえる。
しかし、多くの被災者から「ダムがあるのにどうして水害になったのか?」、
特に五十嵐川では「2つもダムがあり、もう洪水は起こらないものと安心していたのに・・。」と疑問が多く寄せられた。
こうした疑問はダムの機能を過大評価していた裏返しであり、
ダムの威容やダム建設時の説明などに過大評価を招く要因があったものと考える。
ダムの洪水調節機能を、洪水調節容量の計画降雨全流出量(流出率0.85で計算)に対する貯留量である洪水貯留率で見ると、
表2のように五十嵐川で23%、刈谷田川で4.4%である。今回の豪雨は計画雨量よりかなり大きいので、
今回の洪水貯留率はそれぞれ20%、4%以下になるであろう。
特に刈谷田川の場合、見附市の平野部に出る前でかなりの破堤氾濫があり、
その下流にとっては刈谷田ダムの調節効果は帳消しになっていたのではないかと想像される。
要は、計画を大規模に超える洪水の場合、ダムによって水害が少しは軽減されたかもしれないが、
防ぎきれなかったということであり、その限界は明確に認識しておくべきである。
なお、これらのダムの100年間の計画堆砂量に対する堆砂率を見ると、
7・13洪水後で笠堀ダム92%(完成後40年)、大谷ダム34%(同11年)、刈谷田ダム107%(同24年)であり、
いずれ土砂で満杯になることを考えると、長期的にはダムに依存する治水から脱却することが求められている(表3参照)。
今後の治水のあり方
以上の視点から、今後の治水のあり方を考えてみよう。
まず、今回の洪水は計画規模を大きく越えるもので防ぎきれるものでなかったことは明らかであり、
従来の水害裁判の判決から想定するならば、その責任は問われるものではないと考えられる。
しかし、水死者を出し、復旧の困難な壊滅的被害を集中させたことは、今までの治水のあり方に強い反省が求められる。
特に、近年のように計画規模をはるかに超える豪雨が頻発している状況下では、
計画を超える超過洪水に対して、被害の集中を避け、分散・軽減させる方策を立てる責任があると考える。
その方策の第1は、越流だけなら被害は小さいのであるから、
超過洪水の堤防越流は致し方ないとしても破堤を起こさせないことにあると考える。
堤防は確かに土でできていて越流すれば破堤を覚悟すべきであるが、
今回の洪水でも明らかなように越流した箇所は多いのであるが、そのほとんどは破堤しておらず、
それなりに強いということもできるのである。
今回の諏訪および中之島の破堤箇所は漏水実績や護岸脆弱で水防計画上危険度の最も高いAランクに評価されており、
弱点があったから破堤したともいえるのである。漏水は堤防が高ければ高いほど水圧が増加し弱点が顕在化してくる。
まずはこうした弱点を潰しておくことが喫緊の課題でないかと考える。
堤防強化の技術は、20年前なら難しかったが、近年は遮水壁工法やドレーン工法など優れたものが登場しており、
堤防強化が十分可能な段階にきていると考える。
要は、阪神淡路大震災後の全国の橋梁・高架橋に対する補強対策に倣い、これを堤防にも当てはめようということである。
なお会計検査院の指摘によれば、この橋梁等の補強対策は大震災後10年たってまだ3割程度しか進捗していないとのことであるが、
こうした補強に予算を優先的に割くべきでないかと考える。
方策の第2は、少し長期的になるが、平成9年の河川法改正で第3条に明記された樹林帯(図1参照)を堤防沿いに設けることである。
この樹林帯は伝統的な水害防備林そのものであるが、今回でも破堤地点に水害防備林帯があったならば、
流速が弱められ大規模な破堤に至らず、土砂も樹林帯の中で濾過・沈殿され、被害が相当緩和されたものと考えられる。
その用地の確保は、今後40〜50年で急激な人口減少があることを踏まえれば、
減反対象の水田などを川沿いに集めることで可能でないかと考える。
この対策は現状の縦割り行政では困難と思われるが、
超過洪水の頻発に対してはもはや省庁横断的な対策を採る以外に方法はないと考える。
なお、家屋の連坦するところでは水害防備林帯用地の確保が至難であると思われるので、
絶対破堤させない堤防強化を優先させ、人家が連坦しないところに水害防備林を配置し、
超過洪水時にゆっくり越流させ、発生した被害は全面的に補償していく方策を採るべきであると考える。
方策の第3は、逆説的であるが、今後堤防の嵩上げは行わないことである。
これ以上高い堤防にして越流氾濫がなくなると下流の洪水位を高めてしまうという悪循環に陥るからである。
計画を超えるような超過洪水はめったに起こるものではないが、起こった場合は、
今回のように高堤防の破堤による激甚な被害を局部的に集中させるのではなく、
破堤させずに、越流氾濫の被害を全流域で分散・分担しようというのである。
すでに日本のほとんどの河川で、堤防は十分な高さがあると考える。
「治水の王道」はその堤防を破堤させない強化にあると考える。
水防活動について
上記の対策はいずれにしろ短日時に達成できるものではなく、
同様な被害が新潟水害後も各地で発生している。こうした被害を軽減するためには、やはり水防活動が重要である。
新潟では昭和53年6月にも越後平野全域にわたる水害があったが、その際は見事な水防活動が展開していた。
しかし今回は、消防団が活躍したのは事実であるが、十分に手が回らずに、
上記の両破堤地点ではほとんど水防活動が行われていなかったし、水防倉庫の鍵がかかっていて資材の取り出しが遅れたり、
資材が手付かずで残っていたり、と水防能力の低下は覆い隠しがたい状況にあった。
また、床上浸水後に残される泥に対しても、昭和53年水害時には多くに家で水の引き際に箒で水を掻き混ぜ泥を排除していたのだが、
今回はこのような活動をする家が皆無ということではないが、こうした活動があまり見られず、被害を激化させていた。
その代わりといっては語弊があるが、昭和53年当時は見られなかったボランティアにその泥を除去してもらったということである。
こうしたことに対応するため、家が壊されない場合には「在宅避難」も再検討すべきでないかと考える。
ともかく、災害というのは、文明の世界から原始の世界に瞬間的に放り出されることであり、
避難勧告や命令には限界があり、最後は個人の生きる能力に頼らざるを得ないことを肝に銘ずるべきである。
そのために下記の「水防五訓」や「個人水防心得五訓」を参考にして欲しいと考える。
ただ、高齢者と幼児はそうした能力がないので特別な介助が必要であることは言を待たない。
以上総括するならば、これからの治水は、ダムはいずれ土砂で満杯となり、治水にも利水にも役立たなくなるので、
ダムに依存することを回避し、すでに高くなっている堤防は破堤すると壊滅的な被害を引き起こすので、
越流しても破堤しない堤防に強化することが求められている。
その強化の技術はすでに存在しており、伝統的な水害防備林を加味することによって、
被害を相当に軽減できるものと考える。
表1・破堤地点での被害概要 五十嵐川・諏訪地点破堤での被害 水死者9人、全壊家屋 1棟、半壊家屋55棟 刈谷田川・中之島地点破堤での被害 水死者3人、全壊家屋15棟、半壊家屋37棟 |
水防五訓 1.水防は、地域の守り、地元の仕事。 1.水防は、日ごろの準備と河川巡視から。 1.水防は、危険がつきもの、かならずつけよう命綱。 1.水防は、我慢が肝心、一時の辛抱、大きな成果。 1.水防は、減水時の破壊多発、油断大敵。 (1991・5・19 大熊作成) |
個人水防心得五訓 1.調べておこう、自宅のまわりの氾濫実績。 1.大雨きたら、まずあかりと水と食料の準備。 1.ハイテクの自動車浸水に弱し、車での避難、要注意。 1.濁水のしたの凹凸みえず、片手にころばぬ先の杖。 1.氾濫の引き際に、泥・ゴミ掃除忘れずに、後始末大変。 (1992・5・29 大熊作成) |
図1 1997年河川法改正で導入された樹林帯 (=水害防備林)