日米ダム撤去委員会 報告書

日本でダム撤去が進むために:
ダムの現場を身体で科学する必要がある

田崎 和江 (金沢大学大学院自然科学研究科環境科学専攻・教授)
Kazue Tazaki


 昨年、天野礼子氏と一緒に、熊本県の荒瀬ダムを視察に行きました。
荒瀬ダムは日本で初めての<撤去>を決めたダムです。
現場を見て、なるほどと思いました。
たった50?60年で堤体周辺のコンクリートには亀裂や浸食が見られたのです。
その横にはらせん階段のような、これでは魚も登るのが大変であろう事が一目で分かる、
ジグザグの立派な(?)魚道がありました。

案内の若者も、<ここを本当に魚が登れるのですかね>と逆に私たちに聞いてきました。
もっと驚いたことは、この荒瀬ダムが放水するときには、周辺の民家が何とも不気味にふるえると言うのです。
その日は、あいにく放水をしていませんでしたので、私たちはその振動を現地で体験することはできませんでした。
しかし、そのダムの周辺には人家が多く、かつ、上流の盆地にも下流にも沢山の町があり、
もし、このダムが放水中に決壊したらと考えただけでゾーとしました。

 2006年2月25日の朝日新聞によれば、1995年に頑丈な鉄扉でできた
アメリカのフォルソンダムの水門が、放水中にダムが決壊しました。
また、1967年にも京都府の和知ダムが放水中に突然崩壊する事故が起きました。
専門家によれば、これは異常振動が増幅、共振するのが原因とのことですが、
荒瀬ダムの放水時の振動は、実に問題であり、大事故に至る前に一日も早く<撤去すべき>です。
現在、ダムの内側に堆積したものがどのような物であり、
それを流した時に、下流がどのような状態になるか、その影響を検討中とのことでした。 

 川をせき止めてダムを造ると、水も溜まりますが、土砂やごみも一緒に溜まります。
しかし、土砂やごみは水面下にもぐって、目に見えませんので、忘れがちです。
ところが、球磨川一帯のダムの内側にはプラスチックや発泡スチロールのごみが水面をいっぱいに覆っていました。
球磨川のダムは黒部川のダムと違い、いくつもの町の中を通って流れてきます。
ですから、町から出されたごみの量も半端ではありません。
毎日ボートで浮いているごみを回収するのだと案内者は説明してくれましたが、
下に沈むものも沢山あるでしょう。とにかく浮いているごみの量にまず驚きました。
そして、下に沈んでいるかも知れない、PCBやダイオキシンが心配になりました。

 私が研究している黒部川は立山連峰から流れて来て、黒部ダム、出し平ダム、宇奈月ダムなどの
ダムの周辺には人家もなく、人工のごみもないから、荒瀬ダムのような汚さや危険はないと考えがちです。
しかし、1年に1度ダムの排砂ゲートから排砂される堆積物はきれいかというと、決してきれいではありません。
私たちが書いた論文<2004年7月17-18日に行われた黒部川流域、出し平ダムと宇奈月ダムの
連携排砂時の黒色濁水>(地球科学)を読んでください。
山林からの落ち葉や流木だから<きれいな土砂>と関西電力、国土交通省、評価委員会は言います。
しかし、1度排砂時の現場を見に来てください。そして、その目と鼻と手で堆積物を身体で感じてください。
真っ黒でイオウくさく、酸素の無い堆積物を見て、これで生き物が生きられるであろうかという疑問がわくはずです。
現場を一度も見ずして、提出された数字だけで、机上の空論を戦わせても何もでてきません。
<百聞は一見にしかず>、どうぞ物をみてから評価してください。
ダムの研究は<現場の科学>と<五官の科学>が必要です。

 曾野綾子氏は言っています。
"沢から流れ出した土砂がダムの湖底を浅くしているのに対する処置がなされていないダムが多い。
すでに作られたダムの命を引き延ばし、有効に使うにはどのような周期で土砂を排除するかという手入れの計画が大切である。
ダムも家も同じで、掃除と修理をしなければ、使える物の命を短くする"と。
1年に1度年末に大掃除をするより、こまめに1週間に1度ぐらい部屋の掃除をすると気持ちよく暮らせるねと私は学生に言い、
かつ、<実験は掃除から始まり、掃除で終わる>と授業で、真っ先に教えています。

出し平ダムや宇奈月ダムも1年に1度だけではなく、1週間に1度ぐらい、まず、開けてみたらいかがですか。
ダムの<撤去>の前段階として、<常時開放>、<溜めたら出す>の水洗トイレ方式がお勧めです。
川の流れを分断すれば、必ずひずみが起きます。川は流れてあたりまえの時代から川に水が無くなり、
干上がったダムを中国で沢山見てきました。

日本のダム撤去が進むために、今一番大事なことは、ダムの底に溜まった堆積物を現場で見ることです。
そして、現在、1年に1度の排砂により、下流や富山湾に溜まったヘドロを見ることです。
そして、魚のエラや胃袋に付着した細かい粘土を見ることです。<見ることは科学の第一歩>です。

2006年2月26日

                   


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