設楽ダム事業の現状と課題
市野 和夫(設楽ダムの建設中止を求める会 )

http://no-dam.net/index.html


T 設楽ダム事業の経緯
設楽ダム建設事業計画は、愛知県東部・豊川上流の、国土交通省直轄の総貯留容量約9800万m3、総工費2070億円の巨大な特定多目的ダムで、水特法関係の費用を加えると約3000億円を超える。1973年に愛知県が設楽町に調査を申し入れてから、いくたびかの計画変更を重ねつつ現在に至った。その発端は1962年に愛知県東三河工業会がまとめた東三河工業開発マスタープランで、高度経済成長の基本路線に沿って計画され、官僚が進めてきた無駄で有害な「公共事業」の典型例である。

U 設楽ダム事業計画の目的
  事業者が掲げる設楽ダムの目的は、以下の3点である。

1) 新規利水:愛知県営水道の新規水源として、約600万m3(これが特定多目的ダム法上の唯一の根拠)、他に農業用水の新規水源に、約700万m3を当てる。
2) 洪水調節:1900万m3の洪水調節容量を確保する。
3) 流水の正常な機能の維持:ダム容量の過半6000万m3を「流水の正常な機能の維持」目的とし、豊川用水の開発で水量が減った豊川中下流の流量を管理する。

V 設楽ダム建設事業の問題点
1) 東三河の水は足りている(新規水源は不要)
2002年3月末に豊川総合用水事業が完成し、それらの水源施設が完全運用されるようになった2003年4月以降、豊川用水の受益地域は渇水被害をまったく受けなくなった。水道用水、工業用水はもちろん、需要の約7割を占める農業用水も足りている。(2005年にこの地域は観測史上最少雨量を記録して、「節水」をしたが、渇水の被害はなかった。)

 この豊川総合用水事業が完成する直前に、豊川水系河川整備計画が策定され、そのなかに設楽ダム建設事業が据えられた。水不足が解消されたことが住民に知れ渡る前に、ダム計画を盛り込ませる住民だましの官僚得意のやり方であった。

 豊川総合用水事業の完成後、すでに、環境影響評価手続きに入っていた、2006年2月に豊川水系水資源開発基本計画(通称:フルプラン)が全面的に見直しされた。この見直しを行った国土審議会水資源開発分科会豊川部会の審議資料を見ると、水あまり状況は明らかで、ダム建設の撤回という結論をだすべきであったことが分かる。ところが、事務局(国土交通省の土地水資源担当)は、次のようなウソや仮定を持ち出して、設楽ダムの利水上の「必要性」をでっち上げた。@過大な需要増を仮定、A少雨化傾向により水源供給施設(既設のダム等)の実力が低下しているというウソ、B農業用水の既開発水量(供給可能量)の意図的な過少見積もり、C取水堰地点における根拠なしの維持流量かさ上げ。

2)ダムによる豊川の洪水対策は邪道
豊川最上流に造られる設楽ダムがカバーする流域面積は、豊川流域面積の約10%に過ぎず、最上流に1点豪華な設楽ダムを造っても豊川下流の洪水被害をなくすことはできない。下流域低地の市街化を放置したり、河道整備などの方が肝心である。にもかかわらず、「150年に1度の大洪水により、複数個所で破堤して甚大な被害が出るのを設楽ダムで防ぐことが可能である」として、費用便益が見積もられ、大きなB/C値が掲げられている。これはまったくの誤りである。

豊川には、中世以来の不連続堤・遊水地(霞)が残っており、新河川法で推奨しているような流域の総合治水を進めるのに適している。国土交通省は、豊川の治水の目標を、ダムを前提としない方策に抜本的に切り替えるべきだろう。

3)「流水の正常な機能の維持容量」6000万m3はダムかさ上げのため
 総貯留容量9800万m3の61%に当たる6000万m3の目的は、豊川中流の取水堰地点で維持流量を増やすためとされる。ダムで水を貯める最大の目的が、「流水の正常な機能の維持」すなわち、川の環境保全のためとされているが、ダムを造ればダム湖による上流域の水没、ダム堆砂による川砂利の消失と河川生態系の劣化が進み、ダム湖の富栄養化や冷濁水発生など、大規模な環境破壊が生じる。

過去の利水開発が原因で減った河川流量を巨大なダムを造って補うことは、環境破壊をいっそう拡大する本末転倒である。この前代未聞の大規模な「流水の正常な機能の維持容量」設定の本当の目的は、およそ1億m3の計画規模を維持するための「かさ上げ」であることは明らかである。

4)設楽ダムの建設事業で失われる貴重な自然・生態系
 国の天然記念物で伊勢・三河湾地域の固有種、絶滅危惧種に指定されているネコギギの高密度生息地、絶滅危惧種で特殊鳥類のクマタカの営巣繁殖も確認されている貴重な森林生態系も水没や道路工事で危機に直面する。また、オシドリの集団越冬や繁殖が行われ、アユ・アマゴ釣りや川遊びでにぎわう、愛知県一の良好な自然が残る流域は、次代に遺すべき貴重な地域の財産である。その上、ダム貯水と堆砂は、下流の三河湾にも影響を及ぼす。

W 事業の撤回・中止に向けて
 河川整備計画への設楽ダムの位置づけ、事業再評価等の審議をしてきたのは、「豊川の明日を考える流域委員会」である。委員の構成と選出方法、委員会の運営など、住民主権とは程遠く、抜本的見直しが必要である。愛知県の河川行政のトップは国土交通省の出向者が占め、県・市町の首長や議会は一体となって事業を推進してきた。10月18日投票の設楽町長選挙では、初めてダムの是非が問われている。

 愛知県に対する住民訴訟では、今後、証人尋問が予定され、結審も間近である。