「死につつある長良川」 粕谷志郎(岐阜大学教授)
1995年の河口堰運用開始以来、私たちは当初から汽水域の破壊、流れ出た川が湖や沼の状態になってしまうという湖沼化、それから回遊魚の減少などに大きな変化が出るだろうという予測をしておりまして、それがはっきりしてきたという経過があります。川底がどうなっているのか、シジミはどうなっているのかということを揖斐川と長良川を比較しながら調べてみました。揖斐川の20キロ、白っぽいのがマシジミ、茶色っぽいのはヤマトシジミです。15キロになりますとヤマトシジミが少し出てきます。マシジミも出てきます。それから4キロになりますとマシジミはひとつもいません。ヤマトシジミばかりです。
ヘドロ 2009年8月22日 長良川4km(河口から)地点 |
まずマシジミ、マシジミは淡水産なので先ほどの揖斐川は4キロはほとんどおりませんが、それ以上はヤマトシジミ、マシジミが共存する所でもあります。ところが長良川に関しましては、この15キロ、20キロあたりがまったくいない。揖斐川に相当するところでは、当然いてしかるべきなわけですね。25キロ、30キロあたりになりますとちらほら出始める。ヤマトシジミは汽水性ですので、揖斐川の4キロあたりにたくさんおります。15キロでちらほらということになります。長良川では一切おりません。一切いないのは当たり前と言えば当たり前です。河口堰で淡水化しておりますので、ヤマトシジミは一切おりません。4キロは海水と真水が混ざりますのでいてしかるべきだし、かつて建設省は「汽水域はなくならない減少するだけだ、この領域にはヤマトシジミは生存できるんだ」と言いましたが、真っ先にここがダメになりました。
それはこういう構造ですね。堰の下流の物理的な構造です。海水の上を溜まった真水が流れてゆきます。層ができます。層ができますと、上から下へは酸素は移行しません。下が低酸素状態になります。水門を閉じたら、あっという間にヤマトシジミは死んでしまう、こういう構造です。巻き込んだ海水によって逆流が生じるということになります。そしてここにヘドロがたまります。有機物がきてもそれを消費する動物がいないわけです。堰を閉じたとたんに始まっています。1997年、漉してもふるいにかけても何もおりません。すでに死の川底ということになっております。96年の6月、1年弱。ヘドロをフィールドしますと、たくさんのヤマトシジミの死骸があった。建設省は「昔からあそこはああいうふうだ」と言っておりますが、そうではないかくたる証拠ですね。
1995年堰運用後 シジミは豊漁だった 汽水性のヤマトシジミに加え 淡水性のマシジミも加わった。 | 1999年 マシジミも消失した。 15kmマウンドあたり シジミプロジェクト調査 |
かつてシジミは生きていたんですが、今はヘドロで何もない。建設省は「赤須賀漁協、シジミいっぱい獲ってますよ」とこう説明する。ところが具体的にどうなのだと、長良川のシジミはどうなったんだと、建設省は「聞き取ったら、あった」と言うんですね。確かに河口堰の下流の浅瀬はいるんです。浅瀬は先ほど私のお見せした物理的構造では成り立ちません。ですが漁師はとりません。浅瀬にシジミがいるのは否定しません。浅瀬はほんのちょっとです。大部分の深いところはヘドロなのです。シジミはいないんです。だからシジミの分布ぐらい一緒に見ませんかと提案したいですね。そうすれば真実がわかりますし、やはり真実から出発しないといけません。今までは真実じゃないんですね。川の岸辺のほんの狭いところにシジミがいる、長良川には全部シジミがいるんだと、こういう論理を振り回してくる。これでは話になりませんので、真実は真実としてお互いにつき合せたいというのが正直なところですね。
次にヨシ原の減退ですね。ヨシ原というのは、水を浄化する大変いい機能を持っております。このあたり300ヘクタールあったのですが、100ヘクタールに減少して、そのまま減り続けているという建設省側のデータです。
アオコについては、かつて長良川が流れていた頃はこういったアオコはほとんど見られることは無かったんですけれども、時々見られるようになってきた。
それからユスリカという昆虫ですね。環境指標動物ということで、これが増えると喘息とかアレルギー疾患が多くなると懸念したんですが、現実はそれほど増えませんでした。増えませんでしたというのは1997年にいったんは増えた、ユスリカは塩水が好きではなく淡水産のものが多いので、淡水化するということでぐっと上がるわけです。しかしその後減ってきているんです。これは私たちも確たる理由は良くわかりません。そういう意味では予想できなかったことなんです。漁師さんたちが作っているシジミプロジェクトですが、1995年、堰を閉じた後は豊漁なんですね。ヤマトシジミかなりいます。ヤマトシジミは、堰を締め切って真水にしても生き続けられます。かつていたものはここで生存できたんですね。それも獲れてきます。褐色っぽいものもところどころ混ざっております。マシジミもこの辺で獲れるようになったんですね。ですからしばらく豊漁が続きました。突然なぜか1999年にごみばかり、全くシジミがいないという報告がございます。なぜユスリカも減り、マシジミも減り、ヤマトシジミやマシジミが生存できないような環境になってしまったのかということですね。それは堰運用からしばらくしてから起こったということですね。堰の下流のヤマトシジミはあっという間に死にました。上流はしばらくしてから死んでしまったんですね。
宮田吸虫という寄生虫について、これはアユのウロコなんかについておりますので、アユの刺身を皮ごと食べますと我々も感染する可能性があります。小さな10ミリくらいの虫で小腸につきます。これは哺乳類から水中に便が捨てられ、それがカワニナという中間宿虫をとおしセルカリアとしてアユに寄生する。こういう生活環境が無ければこの虫は生きていけません。したがって、養殖のアユには一つも付いておりません。天然物にしかつかないという養殖物か天然物かの見分けになるということですね。
1990年のデータがございました。長良川のアユ1匹あたりこの虫が何匹ついているか、3663というとてつもない数ついております。揖斐川は1000、木曽川は770ということで、圧倒的に自然度といえば長良川だったということがいえます。これが一体どういう変化をしていくのかということで、1999年に調査をしております。長良川はあまり減っておりませんね。ところが、翌年2000年に激減しております。ちょうど先ほどの漁師さんたちがマシジミいなくなったというあたりと一致してきておりますね。そしてその後、長良川はこの虫の数がどんどん減ってきております。2007年の調査では最下位まできておりますね。それから2008年、浜松医科大学にお願い、長良川と揖斐川と木曽川のアユに寄生虫がどれくらいついているのかということをみますと、長良川が157、揖斐川が1847、木曽川が4610、そういうことですので、長良川は養殖池になってしまったのかと、そういう残念な結果である。これは中間宿主でありますカワニナが、揖斐川には確かにおります、同じ値で長良川ではいくら探しても出てこない。これも貝が生存できなくなったということにつきます。
それから環境ホルモンのひとつBPAを長良川と揖斐川を比較してみますと、揖斐川の川底では1.5とか3.1長良川の34キロあたりでは50という非常に高い値を示しています。ヘドロと一緒にこういった有害な化学物質が溜まるというわけです。この3つ目の例の最大の原因は廃棄物の埋立地になっているということです。こういった有害な化学物質が溜まる環境が出来上がったということです。3つ目の例は先ほどのユスリカですね。ユスリカの幼虫が住んでいる水の中に入れてやりますと奇形が生じます。こういった環境ホルモンは、底性動物にかなり大きなダメージになっているだろうと思われます。化学金属もそうですね。ヘドロになりますとその中にいろんなものが溜まります。
最後に回遊魚の減少ということで若干のデータを示します。これは、38キロ地点での漁師の大橋さんのデータです。彼は国土交通省が建設省の時代からデータを出しておりますので、つながりがわかります。堰の運用前は年間1000尾以上獲ってたんですね。ところが運用開始した1995年に385に激減、開始後いったんは950に増えますが、徐々に減って、最低で05年の36尾、ところが「今年はよう獲れとるわ」とおっしゃいます。非常にきれいな傷の無いサツキマスであるということですね。普通は、傷傷のが獲れるらしいんですが、「これは放流したものやなあ」というのがちょっと増えています。今後こういう放流物が増えてくるだろうと思われます。それからアユの漁獲高です。堰の運用になるちょっと前から落ちております。それから、だんだんと落ちてきておりますね。参考にどのくらい放流しているのか、放流している量が獲れているのか、河口堰運用の前は漁獲高に対する養殖ものの割合が下回っているが堰が運用になってからは反対ですね。放流した分さえ獲れていない。長良川と木曽川の鵜飼の乗船客ですね。どんどん減ってきております。こういった川の文化にも大変な影響を与えているということになります。
従ってゲートを開けていただくことを前提として、塩害なんて起こらないと考えられるんですが、もし起こったら補償するということでやればいいのではないか。年間で1200万から1400万ですよ。河口堰の建設費の1万分の1という計算になります。河口堰は治水の効果は何も持っておりません。治水は浚渫によって効果が出るわけですので、それは終わっております。従って今、河口堰は潮を止めているだけということです。
これは私の試算ですが、建設省が言うような塩害ができるとすると、補償に約17億円要ります。いやそんなことは無いだろうと、最近の塩害率、長島町はこの被害の対象とされるところより下流ですね。潮の濃い所でございます。そこで起こる塩害くらいで考えると1800万円ほどです。もちろん塩害が起きる、起きないというのは大変重要なことなので、モニターしてやっていく必要はあると思います。
最近長良川の上流の方であるいは中流の方で決壊が起こったりしているということで、意外に下流の方ではないわけですね。これは森林の問題かなということですが、一番は山が荒れていてほとんど使いようがないという状況になっています。これを機に山をきちんと整備して、端材を使い、これをガス化してメタノールにして使うとか、あるいは水素とか新しいものとドッキングして新しい事業ができる。まさにグリーン・ニューディール、新しい雇用が創設できるんじゃないかと。是非この長良川の河口堰を開けて負の遺産をキャンセルするということだけでなく、もっと積極的にグリーンニューディールに取り組んでほしいものです。