北海道のムダなダム:ワースト3:平取ダム、サンルダム、当別ダム
小野有五(北大・大学院・地球環境科学研究院教授、北海道の森と川を語る会)
北海道で進められているダム事業のなかでも、とくに無駄なダムとして、沙流川水系の平取ダム、天塩川水系のサンルダム、石狩川水系の当別ダムについて報告したい。
1 平取ダム 北海道日高地方(民主党・鳩山代表の選挙区)
沙流川支流の額平川に計画中の治水・利水ダム。2016年完成予定。本体未着工。事業費573億円 (付け替え道路、作業道路等の周辺工事等に195億円を支出)。
本来の建設目的がなくなった二風谷ダムと平取ダム
沙流川本流の下流には、二風谷ダムが1998年に完成。平取ダムは、これとセットで、「2ダム1事業」として、苫東工業基地への工業用水供給を第一に計画された。オイルショックで苫東計画が頓挫したにもかかわらず、二風谷ダムは、そのまま建設された。北海道は1998年に工水事業を凍結。国に水利権に負担金180億円の返還を求めたが、国は80億円しか返還しなかった。
違法判決を受けた二風谷ダムと一体の平取ダムが許されるのか?
沙流川流域のアイヌ民族文化を無視して着工された二風谷ダムに対し、アイヌ地権者2名(萱野茂氏、貝澤正・耕一氏)が国を提訴。1997年に国側違法の判決を勝ち取っている。判決時にダムが完成していたためダムの撤去は免れた。二風谷ダムと「2ダム1事業」として計画された平取ダムが続行されるのはおかしい。平取ダム予定地には、二風谷ダム同様に、チノミシリ (われら・拝む・山)ほか多くの文化資産が存在し、アイヌ文化の継承に大きな問題となる。
2003年台風10号洪水で危険な状態になり、住民に避難指示まで出た二風谷ダム
二風谷ダムには想定(4100m3/s)を上回る洪水が流入した(速報値6400m3/s)。ダム貯水位が満水位を1m上回る危険な状態になり(写真参照)、「ただし書き操作」によって、河川整備計画の1.7倍の放流を行う(最大5500m3/s)。下流には避難指示(強制)が発令された。
幸いにして破堤は免れたが、ダム放流の増加により、下流では急激に水位が上昇した。この浸水被害は約320haに及び、2005年1月、被災者グループが、ダムのただし書き操作に伴う河川管理に過失があったとして、国を提訴(富川水害訴訟・札幌地裁にて係争中)。ダムが、かえって水害を引き起こす典型的な事例ともいえる。
建設後わずか5年で土砂に埋まった二風谷ダム
二風谷ダムは、建設後5年で当初想定100年分の堆砂容量が埋まり、10年で2.5倍の土砂堆積が生じた。ダムからは微細な土砂(泥)が流出し、下流環境を慢性的に汚染している。国は、平取ダムに排砂ゲートを設置するため土砂堆積が生じないと説明している。しかし排砂放流の有効性には疑問があり、また排砂による下流環境の汚染が懸念される。平取ダムは放流ゲートが小さく、沙流川特有の膨大な流木が、ゲートを塞ぐおそれがある。
ずさんな環境対策
二風谷ダムには、サクラマス対策として魚道が設置されたが、その効果は著しく小さい(年平均6尾)。平取ダムにも魚道設置が予定されるが、効果はほとんど期待できない。国は環境調査報告書(案)を示したが、正式版は公表されていない。環境調査報告書(案)はダム建設の影響が小さいと評価しているが、その内容には不備が多く、とくにキムンカムイ(山の神)とされ、アイヌ民族の重要な信仰の対象でもあるヒグマや、ほかの哺乳類の調査対策については記載もされていない。アイヌ文化調査ではダム建設によるアイヌ文化への影響が重大であるとしている。2008年のG8にあわせて開催された「先住民族サミット」アイヌモシリ 2008では、ダム建設予定地を見た世界の先住民族からも、ダム建設を批判する声が強くあがった。
過大な基本高水流量の問題と、議会の平取ダム凍結決議
2003年洪水を根拠として治水計画を変更したが、平取ダム地点では観測流量の約2倍の基本高水流量を想定するなど、計画流量が過大である。ダムの具体的な効果も示されていない。
2004年12月、門別町(現日高町)議会は「沙流川の安全を求める要望書」を議決し、国土交通大臣に提出。平取ダムの建設凍結を求めるとともに、堤防強化と内水対策を中心とした代案を提起している。
2 サンルダム
天塩川支流の名寄川のさらに支流サンル川に計画中の治水利水発電の多目的ダム。本体未着工。総工費528億円(用地買収、付けかえ道路工事などにすでに250億円を支出)。2013年完成予定。 (あわせて配布する小冊子「サンル川の絵本」をご参照ください)
「ヤマメ湧く川」 野生サクラマスのもっとも重要な繁殖河川
サンル川は、年間1000〜4000尾程度のサクラマスが遡上し、自然産卵を行っており、サクラマスの生息密度、産卵密度がきわめて高い川である(写真右)。日本海から200km以上もサクラマスが遡上するのは、日本列島では、サンル川が最後の河川と言われている。開発局は、延長9kmにおよぶバイパス魚道を設置するとしているが、開発局が設置した魚類生息環境専門家会議でも、魚道の有効性が疑問視されている。
低い治水効果
まず、基本高水流量の算定が過大である。過去の実績最大流量は、3日間に233mmの大雨でも4400m3/s以下だが、ダム計画では、224mmの大雨で6400m3/sもの水が出る、という過大な算定が行われている。
そもそもサンルダムの集水域は、天塩川の流域面積の約3%しかなく、天塩川全体の治水対策にならない。治水計画の根拠とされる昭和56年8月洪水では、名寄川と天塩川のピーク時刻は大きくずれており、サンルダムによっては、天塩川のピーク流量は全く下がらない。
名寄川のサンル川合流点付近から下流の大部分では、国の基準を上回る規模の堤防が完成しており、下図のように計画高水位に対し2m以上の余裕高がある。名寄川の治水は、一部の無堤区間等の改修で十分である。昭和56年洪水では、名寄川流域で約1200haの浸水被害が発生したが、名寄川の被害のほとんどは内水氾濫であった。一方、ダムの効果がない名寄川上流では、堤防整備が遅れ、外水氾濫が発生している。現実の水害への対策が重要である。
利水、発電
供給規模が著しく小さく、また、必要性の実体がない。
実績がないCSGダム
サンルダムは、重力式コンクリートダムとして計画されたが、費用を安くするために、河床から採取した砂利に、少量のセメントを混ぜて転圧して堤体を築く「台形CSGダム」に変更された。CSGダムは、大規模ダムの施工実績、耐震実績がない。流域委員会閉会直後に計画変更されており、流域委員会では終始「重力式コンクリートダム」と説明されてきた。
3 当別ダム
石狩川の支流、当別川に建設中の治水・利水ダム。2008年より本体工事着工。総工費684億円(すでに330億円を支出)。2012年完成予定。台形CSGダム。
過大な基本高水流量
過去最大の洪水流量は、3日間で270mmの大雨による、720m3/sである。当別ダム計画では、3日間で230mmと、より少ない雨を想定しながら、1350m3/sという、約1.5倍の過大な流量を設定している。
過大な水道水の算定
当別ダムの建設目的のもう一つは、石狩市の水道水である。現在、石狩市は、水源の80%を地下水、20%を札幌市からの分水に依存するが、地下水は豊富である。また札幌市は将来的にも十分な供給能力をもち、石狩市への送水管も設置済みで。札幌市との水道事業の広域化を行えば、当別ダムからの給水はまったく不要である。当別ダムによる給水量は、計画当初の22万5700トンから、実に3回にわたって引き下げられ、現在は約3分の1(7万7800トン)にすぎなくなっている。給水人口も、計画当初の230万人が3回にわたって下方修正され、現在は約196万人になっており、いかに過大なダム計画であったかを示している。
2005年11月に開かれた北海道政策評価委員会公共事業評価専門委員会においても、「当別ダムの事業計画が再三にわたり変更・縮小されたことから、ダムの必要性やその規模などの点で事業に対する信頼感が損なわれており、また環境に多大な影響が長期にわたって及ぶことへの懸念などから、一度立ち止まって考えるべき」との意見が複数の委員から出され、北海道知事に際して異例の建議がなされたほどである。
実際の水害は支流の氾濫や内水氾濫
当別川の近年の洪水被害をみると、本流での氾濫はまったく起きておらず、すべてが支流の氾濫や内水被害だけである。当別ダムはまったく効果がなく、むしろ小規模な堤防整備や排水設備、遊水地の設置などのほうが、はるかに有効、かつ安価な治水対策である。