民主党『ネクスト・キャビネット建設大臣』が長良川を現地視察

文と写真 横山尚巳(フリーライター)


大橋亮一氏から聞き取りをする、前原、阿久津の両議員(羽島市)

7月26日、民主党のネクスト・キャビネット(注)の閣僚を務める4人の国会議員が、河口堰のある三重県長島町で、公団・建設省側および河口堰に反対する市民側双方からのヒヤリングを行った。
このヒヤリングを実施したのは、前原誠司氏(社会資本整備担当大臣)・佐藤謙一郎氏(環境・農水担当大臣)・岡田克也氏(金融・財政担当大臣)そして、この6月の総選挙で初当選した阿久津幸彦氏の4人。
民主党は、今回の衆議院議員選挙では「無駄な公共事業の一掃」を公約の一つに掲げており、中海宍道湖干拓・諫早湾干拓・川辺川ダム・吉野川第十堰について、その計画の中止を言明している。しかし、公共事業への国民的関心を呼び起こすきっかけとなった長良川河口堰に関しては未だに党としての統一見解は示されてはいない。
前原議員によれば、「今回の視察はただの視察ではなく、長良川河口堰の問題について、党としての態度を鮮明にするための視察」ということであり、今回の視察・ヒヤリングに基づいた党の見解が8月8日をメドに示されるという。

今年のアユはどれもみな小さい(羽島市)

長島町でのヒヤリングに先立ち、前原・阿久津の両議員は、羽島市でサツキマス漁を営む大橋亮一氏の漁場を訪れ、河口堰運用後のサツキマスやアユ漁についての現場の声を聞いた。
「サツキマスもアユもたしかに遡上はしているが、遡上の時期が大幅に遅れている。サツキマスについては、昨年が278尾であったのに対して今年はその倍くらいの漁獲があった。しかし自分の漁場(河口から38km地点)よりも下流のサツキマス漁師がすべて廃業していることを考えると、その程度の漁獲量では順調な遡上であるとはいえない。運用前には多くの漁師たちによって何千尾もの漁獲があった。もし、堰の運用に関わりなく順調に遡上しているのであれば、廃業した漁師が獲っていた分のサツキマスも自分の網にかかるはずだがそうではない。このことからも、堰の運用後、サツキマスは激減していることは事実だ。またアユは魚体が極端に小さくて驚いている。遡上の時期が遅れている分、十分に成長できないのだろう」
 大橋氏が両議員に示すどのアユも、10cm足らずの大きさしかなく、塩焼きにするには小さすぎ、せいぜい唐揚げにできる程度のサイズ。そのため、市場価値は最低にランクされ、採算はとれないという。
「代々ここ(羽島市)に暮らしているが、塩害なんて聞いたことがない。河口堰の目的が塩害防止というのはこじつけに過ぎない。ウソはいかん。すぐ隣の揖斐川は35kmまで塩水が遡上しているのに、一度も塩害は起きていない。わしら漁師はウソを言わん」
最後に大橋氏はこうつけ加えた。
「利水といっても、年がら年中ゲートを閉めておく必要はないでしょう。サツキマスもアユも同じ時期に遡上します。せめて遡上の時期と降下の時期ぐらいはゲートを開けてもよいのではありませんか。最低でもそうできるよう、国会議員の先生方にお願いします」
 
約40分間の聞き取りの後、一行は河口部の赤須賀漁協での聞き取りのため桑名市へ移動。漁協2階の会議室では組合長の秋田清音氏が待っていた。佐藤謙一郎議員と長島町や桑名市を選挙区に持つ地元選出の岡田克也議員もここで合流し、国会議員4氏による聞き取りが行われた。

赤須賀漁協の秋田清音組合長からの聞き取り(桑名市)

秋田氏は、漁業者の団体として最後まで抵抗をしていた赤須賀漁協が河口堰建設を受け入れるに至ったいきさつから話を始めたが、一言で言えば、「長良川流域に暮らす人たちの安全のため。人命を守るため」」という切り札の前には建設反対の旗を降ろさざるを得なかったこと。伊勢湾台風で町が被害を受けた時も、赤須賀の人たちはお互いを思いやり助け合って困難を乗り切ったこと。そんな地域のコミュニティーが、建設に賛成・反対で二つに割れてしまうことだけは避けようとしたことなど、建設の受け入れ決定は、眠れない日々の中での「苦渋の選択」の結果であったことなどが語られた。
しかし、着工後の反対運動の中で建設省のさまざまな情報隠しが明らかになり、町が二つに割れてもあのとき建設反対の旗を降ろすべきではなかったと、今では後悔していると現在の心情を明らかにした。
秋田氏によれば、着工以来、平成10年までの10年間で、赤須賀漁協の水揚げ高は100億円の減収となり、単純計算では、一年につき10億円ずつ減少していることになるという。
「湛水域での繁殖は無理だが、生育は可能」
その言葉を信じて、赤須賀のシジミ漁師たちは毎年500トンもの稚貝を堰の上流部に撒いてきた。しかし、大規模な浚渫、そして大出水時における河川水の流下速度の増大が稚貝を流し去ってしまい、漁師たちの努力を空しいものにした。
建設省は昨年秋の大出水を例にあげ、長良川の堤防が危険水位にさらされる時間が大幅に短縮したのは浚渫の効果、とモニタリング結果の説明会で宣伝しているが、それはとりもなおさず、流下速度が飛躍的に増大したことを示すものであり、浚渫をすることによる安全性を強調するばかりで、流速が増大することの説明は行われなかった。つまり、ヤマトシジミの稚貝を放流しても、大きな出水があれば流されてしまう恐れのあることは、何一つ知らされてはいなかったのだ。

「建設省がそれをはじめに教えてくれていれば、稚貝を撒くなどという努力などしなかった」と情報公開に消極的な建設省のやり方に秋田氏は憤る。
「河口堰ができて本当に喜んでいる人がいるのであれば、長良川でのシジミ漁ができなくなっても赤須賀の漁師は納得するでしょう」「誰も喜ばない河口堰。三重県に何かメリットはあったのですか」と秋田氏は語り、「浚渫のおかげで水害の恐怖がなくなったと岐阜の人たちが思っているのなら、それは赤須賀の漁師たちの犠牲があればこそ、ということを忘れないでほしい」ともつけ加えた。


地域のつながりを大切に暮らしてきた町の人たちが、国策を錦の御旗に掲げる巨大公共事業計画に揺すぶられ、人命のためと圧力をかけられ、地域の和を大切にする一心からその国策に従った結果、後継者となるべき若者たちは将来に展望を見出せず町を離れ、無残に変わり果てたふるさとの自然だけが残される。この国の各地でいやというほど繰り返されてきたふるさと潰しのパターンの中に、現在の赤須賀もある。

豊かだった漁場もヘドロに埋もれてしまった(河口堰下流部)

秋田氏の生々しい証言を聞き取った後、議員団はシジミ漁の漁船に乗り込み、堰のない揖斐川と堰によって流れが分断された長良川の川底の様子の違いを目の当たりにした。
揖斐川の河口部に入れられたジョレン(川床から貝をすくい上げる網のようなもの)にはヤマトシジミが上がってくるが、かつては「シジミが湧く」とまで表現されていた長良川河口部では、悪臭を放つ真っ黒な「ヘドロ」しか上がってこず、その中には貝殻さえも見られない。
川での視察の後、議員団は赤須賀漁港対岸の長島町の船着場に上陸し、ヒヤリング会場の長島中央公民館に向かったが、河口堰下流にある船着場近くの水面に「アオコ」が漂っていたことに気づいていただろうか。

前日、上流部では大雨が降ったが、河口堰付近にはアオコが漂う(長島町)

長島町での公開ヒヤリングでは、建設省・公団、(財)日本自然保護協会、長良川中央漁協、長良川生物相調査団、長島河口堰を考える会、三重県庁、河口堰の水を拒否する愛知三重の市民代表、長良川河口堰建設差し止め訴訟元原告団、長良川河口堰建設を止めさせる市民会議の代表者たちが順に意見を述べた。

官僚用語で「説明」とは「言い逃れ」のこと(長島町)

建設省・公団は、相も変わらずの「治水・利水・塩害に河口堰は不可欠」論を展開し、自説の正しさを裏付けるためか、高須輪中水防団長と高須輪中土地改良区長を登場させ、それぞれに「河口堰はありがたや〜」節を唱えさせたが、議員団からの「河口堰のゲートが全開状態で干潮の時、塩水の遡上は何kmまで及ぶのか」の質問には、ずらりと居並んだ建設省・公団の高給官僚・職員たちは「今ここに資料はありません」としか答えられず、「後ほど資料をお届けいたします」として、自分たちの説明が終わるとそそくさと会場を去ってしまった。ウィークデーにあるにもかかわらず市民たちは手弁当でヒヤリング会場に詰めかけているのに、国民の血税で養われている高給官僚たちは「義務を果たした」とでも言わんばかりの態度を見せつけてくれた。

次に(財)日本自然保護協会の吉田正人氏が意見陳述に立ち、愛知万博計画問題では行政と市民が話し合って一応の決着を見たように、河口堰の問題でも、建設側と市民側の双方がデータを持ち寄り徹底的に話し合うことによって、より良い解決策を見出せるのではないかと述べた。

また、長良川中央漁協の服部英夫氏は、天然アユは大きな出水の後でもすぐにコケを食べ始めテリトリーに執着するが、今のアユはそうではない。それは、天然アユではなく養殖アユだからで、テリトリーに執着しない養殖アユはオトリを追わず、なかなか釣れない。そして、今年の天然アユの漁体は商品にならないほど小さいと語り、これは午前中に聞き取りをした大橋氏の証言と一致するものだった。
服部氏の持ち時間の中で意見を述べた釣り師は、かつては「天然アユが釣りたかったら長良川へおいで」と各地の釣り仲間に声をかけていたが、95年の運用を境にして、天然アユを釣るために、目の前に長良川がありながらも、わざわざ日本海側の川まで出かけるようになったと、河口堰がもたらした天然アユへのダメージを語った。

利水県の一つである三重県の職員は、現在のところ工業用水として使うあてのないことを認めたが、河口堰で開発した水の使用をするよう県内の企業に求めていると述べた。しかし、「企業が水を求めている」ことを口実に河口堰建設は推進されてきたものであり、これではまるで順序が逆になってしまう。だがそれはもっともなことで、河口堰建設の認可から着工までに長期の時間を要したのは、実は「水余り」が明白になった三重県が建設に及び腰になっていたことが原因であり、三重県としては河口堰で開発した水が売れず、堰の建設費の償還財源を確保できなくなり、結果として県の財政に大きな負担をかけることになるということはすでにわかっていたはずだ。

市民の声こそが長良川の元の流れを取り戻す原動力(長島町)

河口堰の水を拒否する市民の代表として意見を述べた長島町議の大森恵氏は、巨額の費用を投入して完成された河口堰の建設費の償還や導水事業費を捻出するためには開発水の原価がとてつもなく高いものにつくという点を指摘し、それがそのまま最終利水者である市民に転嫁されると述べ、愛知県常滑市議の杉江節子氏は、化学物質の入った河口部の水を飲料水として強制的に飲まされている常滑市民の不安を訴え、水源を元の木曽川に戻すべきだと訴えた。また、三重県亀山市の主婦開発美佐子氏は、河口堰からの給水を拒否する根拠として、人口4万人の町にはすでに4万7500人分の自主水源があり、さらに、2本の井戸も掘り始められており、それが完成すると5万人分の水源が確保され、1万人分の余裕があることをあげた。

長良川河口堰建設差し止め訴訟団の元原告である村瀬惣一氏は、豊富なデータを示しながら、長年の裁判闘争の中で築き上げた「反河口堰」の論理で、建設省・公団が治水・利水・塩害防止のためと称して建設を強行してきた河口堰建設の論理を小気味よく論破してみせた。

予定を1時間もオーバーして終了した公開ヒヤリングの後の記者会見で、前原議員は、「環境面・利水面については市民側の意見に賛成できる。しかし、今この場で、ゲートの全面的な開放を求めていくということを約束できない」と述べた。その理由は、「塩害についての不安を払拭しきれない」というものだが、建設省に塩水遡上のデータを出させ、また現地(高須輪中)調査を行い独自にデータ収集を行う意向を明らかにし、塩害の問題さえクリアになれば、ゲートの全面開放を含めた堰の運用について、8月8日をメドに民主党としての姿勢を明らかにすると語った。

8日をメドに党の姿勢を示すと会見する民主党議員団
左から、佐藤議員、前原議員、阿久津議員(長島町)

かつて野党第一党であった社会党は、連立政権の中で与党となり、長良川河口堰についての統一見解を出せないまま党が消滅してしまった。在庫一掃内閣しか組織できない行き当たりばったりの森政権に対抗し得る野党第一党の民主党に、毅然とした対応を期待したい。


(※民主党は1999年9月の代表選挙後に、党の機構を大幅に刷新し、民主党の政策全般 を検討・決定する機関として、ネクスト・キャビネット(略称NC)を新たに設けた。NCは鳩山由紀夫代表を「首相」とし、官房長官格の菅直人 政調会長、無任所大臣格の川端達夫国会対策委員長のほか、省庁担当大臣格の12名 の各担当ネクスト大臣で構成されている。)


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