国際シンポジウム「21世紀の公共事業のあり方を求めて」
"長良川DAY2000 in東京"「市民が望む公共事業ナイト」
レポート


報告 横山尚巳(フリーライター)




12月17日、「公共事業チェックを求めるNGOの会」と「長良川河口堰建設をやめさせる市民会議」の共催により、今世紀最後の長良川DAYが東京の九段会館を会場として開かれた。 これまで長良川DAYは、河口堰現地の河川敷をメイン会場として開かれてきたが、今回は、諸般の事情から屋内での開催となった。
第1部は、「21世紀の公共事業のあり方を求めて」と題する国際シンポジウムで、第2部は「市民が望む公共事業ナイト」と題する"長良川DAY2000 in東京"。これは、諫早干潟緊急救済本部代表を勤めてこられ、7月21日に急性心不全で急逝された、故・山下弘文さん(66歳)を追悼する集会を兼ねるものでもあった。


もう止まらない「河川再生」への取り組み…欧米先進国の事例

第1部の国際シンポジウム「21世紀の公共事業のあり方を求めて」では、オーストリア・オランダ・アメリカからの4人の講演者によって、それぞれの国内や地域で取り組まれている「河川再生・湿地回復」の進行状況が次々に報告された。

先ず最初に演壇に立ったのは、オーストリア在住で環境管理コンサルタントのカール=アレクサンダー=ジンク氏。彼は1999年の長良川DAYでの国際会議にも出席しており、そのとき、ヨーロッパ各地で河川再生の取り組みが急ピッチで進められていることを報告してくれたが、今回はその続編として「ライン・ドナウ河川再生プロジェクト」についての報告を行った。報告では、数多くのスライド写真が用いられ、プロジェクトの実施によって川沿いの氾濫原が見事に森を形成していく様子や人工的に直線化されていた川が徐々に元の蛇行を取り戻していく様子が具体的に説明された。
ヨーロッパで河川再生の機運が芽生えたのは、ダムが建設されることによってかえって洪水による水害が頻発するようになったことや、ドイツでは地下水位が低下し、飲料水や農業用水に大きな影響が現れ始めたことがある。それに加え、在来の生物が減少し外来種が増加して生態系が大きな打撃を受けたことに対する危機感もあり、それが河川工学者の意識の変革をもたらした側面があるという。川は本来自由に流れるものであり、堤防によって広げられた穀物地帯を氾濫を受け止める牧草地にすることや、河川流域の景観の保全も大切な要素であることが認識されたからだ。そのため、「工学的河川改修」から「生物学的河川改修」へと、河川管理の方法が大きくシフトするようになったのだ。
ライン・ドナウ両河川ではすでに90ヶ所でプロジェクトが完了したそうだが、まだ200ヶ所もが実施を待っているという。もちろんそれは、流域住民との綿密な話し合いと合意の下に行われることは言うまでもない。ヨーロッパ各国は経済的な結びつきを強化するためにEUを結成しているが、川に蛇行を取り戻す政策が進むに連れ、さらにその結びつきが強化されていくだろうと思わせられる内容が講演の中にあった。というのは、川が国境線となっている場合、直線から蛇行へと川筋を変えた場合の国境線の問題だ。しかしそれに対して、地域住民や政府間の話し合いの機関も設置されており、国境問題の解決に困難は伴ってはいないという。国境は人間の都合で引かれた線に過ぎず、経済を超え政治的にも一つの連合体を目指すEU諸国では川の蛇行が国境線をすでに消し去ろうとし始めていることも実感させられる報告内容だった。

続いてオランダ政府の交通公共事業水管理省を代表してスタン=カークホフ氏が演壇に立ち、ライン川河口にある河口堰が2005年に開放されることになったいきさつを語った。カークホフ氏は1965年生まれの35歳。その若さで政府の要職を務め、省を代表してこのシンポジウムに出席した。
オランダの国土面積の50%は海抜0メートル以下であり、連続堤防と風車による排水を治水の基本としてきた。そして、1953年の死者1800人を越す犠牲者を出した大洪水をきっかけにして、1970年にハーリングフリート水門がライン川の河口部に建設された。これは、河床の浚渫を可能としながら海水の進入をくい止め、淡水化された河口部の水を利用するものとされた。どこかで聞いたような話だが、これは長良川河口堰の建設が正当化されたものとまったく同じものだ。それは当然で、長良川河口堰はこのオランダの河口堰をモデルとしているからだ。長良川では運用開始以来、年を追うごとに環境が悪化しているが、それは本家のオランダでも同じで、河口堰によって淡水化された水は使用に耐えられないまでにその質が悪化し、河口には重金属を含むヘドロが厚く堆積し河口部の自然環境は激変した。これは、交通公共事業水管理省の予想をはるかに越えていた。
オランダ政府はこれを深刻に受け止め、河口部の自然生態系回復のプロジェクトを立ち上げたWWFもこれを支持した。
カークホフ氏はこのプロジェクトに深く関わり、河口堰のあり方を根本的かつ多角的に研究した。その結果、潮の干満に合わせてゲート操作を行い、汽水域を回復させる技術が開発され、またハーリングフリート水門のゲートが2005年に開放されることになったのだ。しかし、ゲートの運用方法の変更や開放によって利水者や地域の農業者が影響を受けるため、政策の実行が行われる前には徹底した情報公開が行われているという。
運用から5年が経過した長良川河口堰は、「ゲートを開放して流れを回復させよ」という声に背を向けたまま、農薬や環境ホルモンを含んだ水を飲料水として供給し続けている。建設省はオランダの河口堰をモデルとして長良川に河口堰を建設したのなら、河口堰の悪影響に迅速に対応したオランダ政府の河口堰に対する政策変更を見習わなければならない。このシンポジウムによって、河口堰を生み出した本家のオランダ政府が「河口堰は有害無益」であると証言したことや、かつての政策の誤りに対して、迅速な対応を行う国のあることを我々国民が知った以上、建設省はもうこれ以上、長良川河口堰を正当化せず、早急に長良川河口堰のゲートを開放しなければならないはずだ。

カークホフ氏に続いて登壇したカーステン・シュイット氏は、オランダのエラスムス大学で自然環境の経済的価値を研究している20歳代の若き女性経済学者で、水管理に伴う資源の損失や利益を金銭的価値に置き換えて提示するという経済学的な見地から自然環境について講演を行った。
彼女によると、西ヨーロッパの現在までの繁栄はライン川の大きな犠牲の上に成り立っており、ライン川に対する人間の介入によって、年間、飲み水1億8750万ドル・漁業170万ドル・自然の持つ価値6億4000万ドル・保水力5億ドルがそれぞれ失われており、戦後の50年間だけでも286億ドルの損失があったと計算されるという。
ライン川はこれまで、発電や船舶の航路として、人間の生活に恩恵をもたらす側面だけが評価されてきたが、今後は、その恩恵を受けてきた人間が責務として疲弊した川の修復を担わなければならないと語った。
自然環境を金銭的価値に置き換えて評価するこの「生態系費用対効果分析」の手法は、WWFインターナショナルが手がけている「リビング・ウォーター・キャンペーン」にも採用されている。

最後を締めくくったのは、アメリカでかつてインターナショナル=リバーズ=ネットワークの副代表を務め、現在はリビングリバーズの理事長を務めているオーエン=ラマーズ氏。この秋に他界した環境保護の神様・デビッド=ブラウアー氏の「ダムの撤去は、ダムの所有者や運用者の歓迎すべきチャレンジ」という言葉をラマーズ氏は講演の冒頭で伝え、コロンビア川の支流のスネーク川にある4つのダムが先住民の生活を圧迫し続けていることを報告した。先住民たちの主張は「ダムは何の恩恵もたらさなかった・建設に際して何の相談もなかった・サケを捕れるようにしてほしい」であり、多数のNGOがダム撤去を主張する先住民たちの支援活動を展開していることが伝えられ、またその中で「魚道は免罪符たり得ない」という言葉も伝えられた。
また、グレンキャニオンダムは、貯水量330億トン・発電量は先のスネーク川にある4つのダムの総発電量を上回る1350メガワットというアメリカで19番目に大きい規模のものだが、ダム撤去の波はその巨大ダムにまで押し寄せていることが報告された。
実は45年も前にこのダムに反対する運動はあったのだが、当時は運動が盛り上がらなかったそうだ。しかしその後、このダムの影響が上流のグランドキャニオンにまで及んでいることが明らかになり、また、蒸発や地下への浸透によって貯水量の4倍もの水が失われていることも明らかになった。つまり、ダムを撤去したほうが水資源が豊かであるということがわかったのだ。しかも、1983年には、雪解けと大雨が重なり、ダムのキャパシティーを超えた大量の水がこのダムに流れ込み、それによってダム決壊の一歩手前まで行くという事態が発生し、砂地に建設された巨大なダムが大災害の元凶になり得るということもスライド写真を用いて報告された。
「巨大ダムがアメリカのエネルギーを支え繁栄をもたらしてきたことは事実だが、持続的な発展を望むならばエネルギーの消費を抑える方策を真剣に探るべきであり、アメリカでもヨーロッパでも、世論は自然保護はあたりまえという認識で一致している。そして世間の関心は『いつやるか』に向けられている」と、ラマーズ氏はこの日の講演を結んだ。


歩みののろい亀さんには任せておけない

4人の講演のあと、万葉集の世界を音楽で綴る活動を続けているソプラノ歌手・歌枕直美さんのミニコンサートがあり、「公共事業チェックを求めるNGOの会」代表・天野礼子氏の「日本の山河の現状」についての基調報告が行われた。
第一部の後半は、鳩山由紀夫(民主党代表)・五十嵐敬喜(法政大学教授)・筑紫哲也(ジャーナリスト)三氏により「21世紀の公共事業」と題する鼎談が行われた。
このシンポジウムが企画される段階では自民党の亀井静香氏にも参加の呼びかけが行われていたが、結局、亀井氏の参加はなく、21世紀の公共事業のあり方についての白熱した議論は見られなかった。しかし、進行役を務めた筑紫氏の巧みなリードで、市民が本当に望む公共事業についての議論が深められた。

この年にフランスのロアール川を中心にヨーロッパの川の現状を視察旅行してきたという筑紫氏は、「三面張りをしている川など、先進国にはなかった。亀井氏は日本の社会資本整備が遅れていると言い無駄な公共事業へのバラマキを続けているが、それはウソだ」と言い、それを受けた五十嵐氏も、「社会資本の何が不足しているのか理解に苦しむ。河川法にしても道路法にしても、無駄な投資に終わった場合の責任の所在が明確でない。法律の中に公共事業に関しての責任者を明確にするシステムを作る必要がある」と語り、さらに「現在の日本の公共事業のあり方は、国も地方も『麻薬漬け』の様相を呈している」と断言した。鳩山氏も同様に、「公共事業そのものは否定しないが、質の転換を図らねばならない」として、同等の諮問機関である「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」から答申された『緑のダム構想』と『公共事業を一から見直すために』に沿って党の公共事業戦略を練り上げていくと語った。
鳩山氏は北海道を選挙区としており、不況にあえぐ北海道では「公共事業の減少が北海道の不況をより深刻にしているという意識が強く、公共事業の抜本的見直しを掲げて闘ったこの夏の衆議院選挙では苦戦を強いられた」と語ったが、
北海道に蔓延しているその意識こそが五十嵐教授の言う「麻薬漬け」に侵された結果なのではないだろうか。公共事業費として投下される莫大な資金がもたらす景気浮揚効果は一時的なものでしかなく、その資金量に見合うだけの効果を生み出すことはなく、後に残るのは膨大な借金の山というのが現実だからだ。
筑紫氏は、「川の三面張りをはがしてより自然に近い護岸に作り変える工事や、直線化された川をもとの蛇行に修復する工事をすることによっても建設業界が活気を取り戻すことはできるのではないか」と発言し、鳩山氏も「それによって自然が戻るならば異論はない」と言い切った。そして最後に、「国民の意識が変われば政治が変わる。政治が変われば行政が変わる」として民主党への支持を訴えた。しかし、衆議院選挙の結果でも明らかなように、すでに国民の意識は「無駄な公共事業はいらない」という方向へ大きくなだれをうち、従来どおりの公共事業バラマキ政策をとり続けてきた自民党には衆議院での単独過半数を許さなかった。このように、国民の意識はもうはっきりしている。民主党が与党として政権を担い、無駄な公共事業を一掃する政策を実現させるには、国レベルはもちろん、地方レベルでも、その民意をしっかりと受け止める『民意の受け皿』役を果たさなければならない。


全国各地の市民団体が集結"長良川DAY2000 in東京"

午後1時半から始まった第一部は午後5時半に終了し、30分間の休憩の後、沖縄大学の宇井純教授の「21世紀をどういう世紀にするのか」という基調講演で第二部・が始まった。
宇井教授は、1972年にストックホルムで開かれた「国連環境開発会議」で水俣病の問題を持ち込み、この国の高度経済成長は「垂れ流し公害」の被害者の犠牲の上に成り立っていることを明らかにした反公害の先駆的研究者であり、「公害原論」の著者でもある。
宇井教授の講演の後、故・山下弘文氏の大きなスライド写真が次々とスクリーンに写し出される中、諫早湾救済に生涯をささげた山下氏の偉業の数々を天野礼子氏が参加者に伝え、山下氏夫人・八千代氏に花束が贈呈された。そして、無駄な公共事業に反対する闘いを展開している全国各地の市民団体からの報告が続いた。それぞれの団体は以下の通り。

諫早湾緊急救済本部(長崎県諌早市)
長良川河口堰建設をやめさせる市民会議(岐阜県岐阜市)
豊かな汽水域を後世に活かす市民会議(島根県松江市)
吉野川第十堰の未来をつくるみんなの会(徳島県徳島市)
川辺川利水訴訟原告団(熊本県相良村)
富山湾刺し網部会連合会 入善・朝日刺し網部会(富山県入善町)
紀伊丹生川ダム建設を考える会(和歌山県橋本市)
思川開発事業を考える流域の会(栃木県小山市)
日本湿地ネットワーク(東京都日野市)
千葉の干潟を守る会(千葉県習志野市)
博多湾の豊かな未来を伝える市民の会(福岡県福岡市)
江戸前の海十六万坪(有明)を守る会(東京都江東区)
空港に反対する榛原オオタカの森トラストの会(静岡県榛原町)
空港はいらない静岡県民の会(静岡県静岡市)
公共事業に反対する立ち木トラスト全国ネットワーク・全国自然環境保護連盟(長野県軽井沢町)
石垣島・白保に空港をつくらせない大阪の会(大阪府大阪市)
群馬県自然保護団体協議会(群馬県前橋市)
久留米ゴミゼロシンポジウム事務局(福岡県久留米市)
鶴岡水道住民投票の会(山形県鶴岡市)

 1989年5月に始めて"長良川DAY"が開催されて以来、"長良川DAY"は各地の市民運動団体の情報交換の場として定着し、公共事業チェックを求めるNGOの会が発足するきっかけとなった。この間12年。長良川に河口堰は建設されてしまったが、自然環境を守ろうとする市民たちは確実に力をつけた。愛知県の藤前干潟の埋め立て中止、吉野川第十堰改築計画白紙凍結、細川内ダム計画中止決定、そして長野県でも栃木県でも、公共事業を見直すことを公約に掲げた知事が誕生するなど、市民たちは着実に運動の成果を積み重ねている。
 しかし、新世紀の始まりとともに、建設省・運輸省・国土庁・北海道開発庁が統合され、職員数7万人という巨大開発官庁・国土交通省が発足する。自然破壊しかもたらさない無駄な公共事業に対して、市民たちはさらに強く結束し、監視を続けなければならない。与党三党による公共事業の見直しには川辺川ダム計画や徳山ダム計画は含まれておらず、2001年夏の参議院選挙を意識した選挙対策にしか過ぎず、それは市民側の視点に立つ本質的な公共事業の見直しなどではないからだ。  
全国各地から"長良川DAY2000 in東京"に駆けつけた数多くの市民たちが望むものは、この国が無駄な公共事業に貴重な税金を投入しない国へと生まれ変わることであり、それは、この国が本物の民主主義の国へと変貌することなのだ。
午後1時半から始まり7時間を費やした今世紀最後の『長良川DAY』の最後は、海外からのゲストや市民団体がステージに並び、『環境の新世紀』を迎えるためにさらに努力を重ねることを誓い合って幕を閉じた。


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