最終答申 ポスト公共事業
(図表は省略してあります)
2001年5月30日
公共事業を国民の手に取り戻す委員会
座長 五十嵐 敬 喜
民主党代表 鳩山由紀夫 殿
私たち委員会は今回、貴殿からの諮問に対する最終的な答申を行う。
本答申は、過去三回の答申の中で最後まで取り残されていた「公共事業改革後の日本社会」をどのように設計するかという問題に答えようというものである。
おそらくこの問いは、21世紀日本社会で最も回答が困難なものであり、これに対して完璧に答えるのは容易ではない。これについては政治、経済、社会、そして何よりも国民の意思によって様々な選択肢がありうるのであり、その中には日本にはもうそのような選択をする余裕はなくただ時の流れに従うのみである、というかなりリアリティある恐ろしい選択肢も含まれていることに留意しておかなければならない。
しかし、公共事業改革はこれまでの答申で明らかにしてきたように、党派や職業やポジションにかかわりなく、国民全体の幸福追求にとって避けられないものであり、その後の社会について大筋の合意ができていれば、改革はよりスムーズに進むということは間違いない。当委員会は、このような改革に希望を抱き、一刻も早く実施することが肝要だという立場に立つものであり、もとよりニヒリズムや悲観主義とは無縁である。
本答申は「ポスト公共事業」と名づけられる。
一 麻薬づけの社会
これまで指摘してきたように、日本社会は公共事業に深く広く支配されてきた。国、自治体、そして特殊法人や公益法人あるいは第三セクターといった組織は、まるで国民の利益のためにではなく、公共事業そのもののために存在しているかのようである。企業、特に建設や土木部門はバブル崩壊以降、公共事業の受注はそのまま企業の存続(倒産)と直結していて、生き残るために何十人、何百人逮捕者を出そうと談合を止められない。国民も長引く不況の中で、景気回復のためには公共事業を中心とする政府の財政出動に頼る以外にないのだと信じ込まされてきた。
こうして、公共事業が日本の財政や環境をぼろぼろにしていると知りながら、とりあえず「明日食うために」という名目で、それに依存してきたのである。そしてそのような公共事業のバラマキを続けているうちに、いつしか全員がそれなくしては生きていけないという状態になった。
ばらまいてもばらまいても景気は回復しない。だからばらまきをもっと増やしていく。このような状態を「麻薬づけの社会」というのである。
では、それがどのような現実をもたらしているか。麻薬づけの症状が象徴的に現れている地方都市、農山漁村、なかんづく過疎地域に焦点を当ててみていくことにしよう。
過疎地域の現実は、明日の日本全土の行方を先取りしている。その意味で、それは特殊個別の問題ではなく、普遍的なものだと理解しておく必要がある。
二 過疎とは何か
過疎地域自立促進特別措置法(平成12年。なお、この法律の前身は昭和45年の過疎地域対策緊急措置法であり、これが漸次、昭和55年の過疎地域振興特別措置法、平成2年の過疎地域活性化特別措置法と改正されてきた)による「過疎」(人口要件:昭和35年から平成7年までの35年間の人口減少率が30%以上。財政要件:平成8年から平成10年までの3年間の財政力指数が0.42以下の地域)に指定されている自治体は、全国で1171(日本全体の約3分の1)ある。ここは面積でいえば日本のほぼ半分、人口でいえば日本のほぼ6%にあたる800万人が暮らしている。
特に数字は挙げないが、ここでは以下のような特徴が見られる。
1 人口は減り続けている。部分的にUターンなども見られないわけではないが、出生比率が弱まり、若年層の社会的流出に歯止めがかけられない。
2 高齢者が増えてきている。
3 当初、このような地域では農業、林業、漁業などのいわゆる第一次産業が主流であったが、最近は土木・建設が主流となった。もっとも、それらはいずれも小規模、あるいは一人親方といった形態であり、大規模な仕事は東京のゼネコンが行っていて、彼らは道路や河川改修といった小さな仕事しかなく、「災害待ち」とか「弁当産業」などと呼ばれている。
4 自治体の財政規模はほとんどが一万人以下で、自主財源はおよそその10%にすぎない。そのため財政は国(交付税や補助金)に頼らざるを得ず、とりわけ各種公共事業は、自治体の借金という形の、しかし実質はほぼ国が全面的に補填する「過疎債」によって行われてきた。
5 最近の不況と税収不足は自治体財政を直撃した。今回は過疎地域など財政規模の小さい自治体だけでなく、東京、大阪、神奈川など巨大都市も巻き込まれているという点に特徴があるのであるが、これら巨大都市は市場その他さまざまな手法による回復装置を持っているのに対し、これらの地域はそのような独自の回復手段を持っていない。国あるいは県の地方交付税の抑制や公共事業の縮小は、ストレートに自治体財政に影響し、今や自治体そのものの存続にかかわる不安を与えている。
三 これまでの対策
過疎に限らず、何らかのハンディキャップを持つ地域(離島振興法昭和28年、産炭地域振興臨時特別措置法昭和36年、山村振興法昭和40年、半島振興法昭和60年)に対して、国は他の自治体にない特別な措置をとり、しかも時代の要請にかなうようしばしば改定を行ってきた。「過疎」はその典型的なものといえよう。
何故これらの地域に特別な対策がとられなければならないか。過疎法は「人口の著しい減少に伴って地域社会における活力が低下し、生産機能および生活環境の整備などが他の地域に比較して低位にある地域について、総合的かつ計画的な対策を実施するために必要な特別措置を行うことにより、これらの地域の自立促進を図り、もって住民福祉の向上、雇用の増大、地域格差の是正および美しく風格ある国土の形成に寄与する」ことを目的に制定された。なお、昭和45年法は緊急、同55年法は地域振興、平成2年法は活性化が主たる目標であり、今回は「美しい風格ある国土」が主眼である。
これらの目標を実現するために、特別な財政措置(過疎債)、行政措置(道路や港湾、漁港などの整備)、金融措置(農林金融公庫からの貸し付け)、税制措置(減価償却などの特例)をとるというのであった。
特に、過疎対策として人口の増大、あるいは格差是正のために産業の振興、交通体系の整備、生活環境の整備などが不可欠だとして重点的に投資してきた。全国隅々まで道路が整備され、たくさんのコンクリートの建物が建ったのはそのためである。過疎債がこれらを生み出すマジックワードであり、自治体も村民もこれに合わせた事業と仕事を選択するようになった。「過疎債」は、公共事業の生みの親なのである。
もちろんこのほか、目的の変遷に合わせて、医療、教育文化、集落の整備なども増えてきている。
今回は「美しい国土」を形成するため、美しい景観の保護や地域文化の振興に手厚い補助が与えられることになった。
こうして昭和45年から今日まで、おおよそ62兆円という巨額な税金が過疎対策としてて投入されてきた。
四 何が残ったか
しかしこれら様々な対策にもかかわらず、これら過疎自治体の問題はほとんど解消されていないように見える。第一、最も大きな問題である人口減は解消しなかった。新しい産業も生まれなかった。せっかく呼んできた企業も、今やさらに人件費の安い海外などに移転を始めている。若年層は好むと好まないにかかわらず、そもそも仕事がないので、自分の生まれ育った町や村を去らなければならないのである。自治体の財政はいっそう悪化し、膨大な借金は返す当てもない。これは特にバブル以降、第3セクターなどを設立してハコモノを建て、開発行政を行ってきた自治体で典型的である。これらの自治体は税収を増やす方法がなく、職員の人件費を削ったりして歳出を削減し、幼稚園の入園料や公営住宅の家賃を上げるなどして歳入を増やすほかないが、抱えている借金から見ると、それらの努力もほとんど無に等しいものだ。イベント施設は朽ち果て、ホールや会館などというハコモノも使う人がいない。さらに、最近は学校などにも空き室が目立ち、統廃合が避けて通れなくなった。道路を走る車もわずかで、せっかく行った農業基盤整備事業も、就業機会をもたらしたが、肝心の田畑は耕作する者もいないまま草ぼうぼうという状態だ。集落は寸断され、「美しい国土」は今や見る形もない。
2001年4月、NHK松山放送局は、四国全県下の町村に対して「ポスト公共事業」のアンケート(186自治体のうち158自治体が回答した。なお、これら自治体はほとんどが過疎地域である)を行った。
このうち、
1 「公共事業に依存しない自治体運営は可能ですか」という問いに対して、
可能 11 7.0%
不可能 144 91.1%
無回答 3 1.9%
と答え、その理由として、
可能と答えた自治体
これまで通り国や県の支援が得られる 3 27.3%
基盤整備はほとんど達成できた 3 27.3%
公共事業以外の産業がある 6 54.5%
土木建設業の就労人口が少ない 2 18.2%
不可能と答えた自治体
社会基盤整備が遅れている 109 75.7%
他に産業がない 46 31.9%
他に就労の場がない 41 28.5%
土木兼業の就労人口が多い 57 39.6%
2 10年後、貴町村はどうなっていると思いますか、という問いに対しては
今と変わらない 5 3.2%
今より発展している 18 11.4%
今より厳しい運営となっている 127 80.4%
と答え、その理由として、
今と変わらないと答えた自治体は、
人口減に歯止めがかかる 1 20.0%
公共事業や財政支援が期待できる 2 40.0%
今より発展していると答えた自治体は、
人口が増加に転じる 6 33.3%
若年層が増える 8 44.5%
新たに産業が誘致できる 5 27.8%
都市との交流が盛んになる 5 27.8%
今より厳しい運営になっていると答えた自治体は、
人口減に歯止めがかからない 66 52.0%
少子高齢化に歯止めがかからない 105 82.7%
公共事業や財政支援が減少する 98 77.2%
新たに産業を誘致できない 36 28.3%
となっていることに着目したい。
ここで詳しく分析することはできないが、誤解している回答を除いてみると、ほぼすべての自治体が未来に対して絶望的になっているということに驚かされるであろう。
彼らは、公共事業なしには生きていけないこと、しかしそれを継続していってもまた何も生み出さないことの双方を痛いほどよく知っているのである。
アンケート結果は、客観的にみて、これまでの政策はいわば滅びゆく自治体を何とか持ちこたえるという面では役立ってきたが、これから存続させるには大転換しなければならないということを示しているのである。
五 自立へ
何故このような結果になったか、いろいろな意見がある。
・ 過疎対策は国の強力バックアップという前提で組み立てられている。そのため、自治体は自らの頭で考えることのない、一方的に国に依存するだけの団体になってしまった。・
・ 自治体は、国の支援なしには動けない。自治体は丸ごと国に依存したほうが楽だという風潮をもたらした。
・ 国のバックアップの内容をみると、格差是正あるいは生活環境の名目のもとで圧倒的に公共事業が多く、これに合わせて住民の仕事や自治体の財政が構成されていく。従って、この公共事業に異変が生じると、それはたちまち住民の仕事や自治体財政に影響を及ぼす。
・ 公共事業中心の経済のもとでは、市場の論理がなく競争原理も働かない。そこでは採算や費用対効果といった、いわば誰もが当然とする経済原理が働かず、無駄な事業が継続される上、その結果について責任をとる人もいない。
・ 公共事業依存の経済には若い人は希望を抱かず、また若い人を吸収するような雇用機会も増えない。
等である。従来の公共事業にプラスして、「美しい風格ある国土」といった新しいキーワードを付け加えても、それは変えることができなかったということだ。
しかし私たちは問題の根はもっと深いと考えている。このような深刻な事態は、今までの政策の延長上では解決できない。それは、これら政策の前提になっている政策目標そのものに問題があるからである。
過疎法をはじめとするハンディキャップ法はすべて、人口が減少することは悪であり、他の地域と比べて道路や学校がみすぼらしいのは恥ずかしいことである、従って人口を増やすことあるいは格差を是正するということが政策目標となっていた。
しかし、今後日本では過疎地域だけでなく、全体としても人口が減少していくのは確実であり、これら過疎地域が大都市に近づくというのもまったくの幻想なのである。また自分の地域だけはそうはしないと頑張ってみても、従来の政策のままでは不可能だということも知らなければならない。
つまり、人口増や格差是正といった政策を捨てなければならないのである。むしろ、このような地域には都市には絶対にない貴重な価値がある、ということを認めた上で、大都市とこれらの地域は棲みわけをし、協働すべきなのである。
別表はこれらの地域についての価値を見たものであるが、この価値こそこれらの地域のかけがえのない財産であることを確認しよう。これまではこの価値を否定する開発であったが、今後はこれを生かさなければならないのである。
それでは、この価値はどのようにしたら生かすことができるのであろうか。すでに各地で実験が始まった。宮崎県綾町の自然の生態系を生かした有機農業と林業の試み、北海道下川町の循環型林業、岐阜県馬瀬村の川を生かした町づくり、その他夕焼けコンサート、ホエールウォッチングなどは、これまでにない新たな動きといえよう。これらの地域の価値を求めて、実に年4億人の人が移動しているというデータもある。大都市の住民は、そのような価値を各地に求めているのである。
公共事業に依存しない山間地域の自立の可能性がここにある。
以下、これを政策的に取りまとめれば次のようになる。
1 各地域、各自治体は自らの持つ価値を再認識すべきであり、自立の可能性はここにかかっている。
2 国や県はとりあえず上にみたような市町村の新しい実験を応援すべきである。当委員会はすでに公共事業の質の転換を求めて、全国総合開発計画と各種中長期計画の廃止、そして公共事業の「国営事業」と「市民事業」の分離を提言している。この前提に立って、援助の部分は新たに設計し直さなければならない。
このシステムのもとでは、市町村はまず「ヒモのつかない財源」(一括交付金として、現在得ているのと同じ金額)を持ち、これを自由に使うことができる。
福祉事業を選択するか土木事業を選択するか、あるいは土木事業の中でも道路を選択するか下水道を選択するか、すべて自分自身の責任で決めるのである。美しい村、古くからの文化の再生にそのすべてをつぎこんでももちろん良い。国や県は、この選択に異議を述べてはならない。
3 自由な選択のもと、自治体はこれまでにない新しい事業を発見していくであろう。すでに1975年、「農業を継続させることにより、必要最小限の人口を維持し、あるいは田園を保護するため、山岳地域やその他の条件不利地域を対象」としてEC(現在のEU)で導入された「直接支払制度」は、日本でも1999年「中山間地域等直接支払制度」として結実していて、現在1700の市町村が実施している。今のところ事業規模は700億円程度であるが、将来は飛躍的に拡大されるだろう。その他、公的介護、環境回復産業(森林や河川と海の回復。これらは既存の公共施設のメンテナンスと共に、将来の大きな産業になると推測されている)、太陽光、風力、潮力、バイオマスなどのエネルギー、そしてその地域の文化を伝える祭りやイベント、さらには都市住民のための住宅や宿泊施設、あるいは癒しや生産の場としての農地や農園の提供等の様々な可能性が追求される。
4 これらの事業も最初は自治体の公共事業として、あるいは企業が営利追求の一貫として行われる。しかし最も大事なのは、そのうち役所や企業よりもはるかに多く、公益的な法人(NPO、公益法人、あるいは第三セクターやPFI)によって担われるということである。
ここに掲げられた事業は、収入は必要であるが、莫大な利益は必要としない。それは単純な労働としてではなく、生きがいとして行われる必要がある。またそれは若年層だけでなく、高齢者や女性などの知恵がなければうまく運用できないであろう。
ここでは公共経済でも市場経済でもない新しい「第三の道」、すなわち新しい主体による公益経済が実施されていくのである。
5 これら自由な事業を行っていく中で、地域で最も必要とされる人材が育っていく。彼らは最終的に、ちょっとした便利さや機能よりも、個人、家族、地域の「美」を選択していくであろう。
「ポスト公共事業」とは、こういう社会を作ることである。
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