森と海をつなぐもの
(レジュメ)
2002年7月6日
室田 武
熊沢蕃山に学ぶ物質循環の回復法
人間の努力で森を造るのも大切だが、人間だけが森を造っているのではない。熊沢蕃山(1619―1691)は、鳥の助けを得て禿山を木々の茂りにする方法を3世紀も前に語っている。鳥は、栄養分と種子を低地から高地へと運び、物質循環の輪をつないでいる。
カナダ、アメリカではサケの造る森への関心高まる。カナダ映画The
Salmon Shadowの衝撃。
万有引力の法則から見れば、一般的には山は栄養分を失って貧弱に、海には栄養分が溜まりすぎて水質汚染に悩むことになって不思議でない。しかし、地球の長い歴史の中で、必ずしもすべての地域がそうなってしまわなかったのは、低地から高地への物質の移動が様々な形で実現していたから。
人間の行動には、大別して二種類ある。海と森をつなぐのが一つ、海を森から分断するのがもう一つ。どちらを選ぶのかが問われる時代の到来。後者を選択すれば、低地から高地への物質の移動は停止する。
デレーケは偉人か、凡人か?
砂防ダムで土砂を上流側に貯め,高い段差を作っているだけ(滋賀県内で見る限り)。堆砂は、公共事業を「持続可能」にする。
川の支流での砂防ダムに始まり、戦前の日本では、やがて川の本流を堰き止めるダムの建設も着手される。
@ 信濃川水系の西大滝ダムが語るもの
「犀川水系のサケ・マス漁は昭和十五年まで行われていた。しかし,昭和十六年にはサケもマスもその姿を見せなくなった。昭和九年から建設が進められていた東京電燈(現東京電力)の西大滝ダムが十一年五月に完成した。ダムが出来てから五年間,サケはダムの魚道をこえてのぼってきたが,その数は年々急減していった。サケはダムを乗り越えたにしても,頭部や目をつぶしているため体力がなく,その繁殖が不可能であった。その結果,信越国境に近い長野県下水内郡岡山村(現飯山市)から上流の千曲川と犀川におけるサケ・マス漁は消滅してしまったのである。」(市川、1977、173頁)
A 琵琶湖を海から切り離した大峰堰堤(天ヶ瀬ダムの前身)
関西地方の場合、1912年、ダム・水路式の志津川水力発電所のために、宇治川に大峰堰堤が計画された。アユ、ウナギ等の回遊が阻まれる、ダム決壊の恐れはないのか、などとして地元では反対運動が起こったが、当時の宇治川電気株式会社は工事を強行し、宇治川本流を堰き止めた(1920年)。この大峰堰堤建設により、琵琶湖は完全に海から分断された。
スターリンとその後継者による"自然大改造"
1930年代から1950年代まで、ソ連では巨大ダムが次々と建設される。また、綿作等の農地造成のため、アラル海は急速に干上がっていった。
戦後日本も、戦前の西大滝ダムや大峰堰堤をはるかに上回る山村での大規模ダム建設と、低地での干拓に乗り出した。それらの多くに「公共事業」の名がついているが、「公共事業」の内実は公事業であることが多かった。言い換えれば公権力による事業であった。それはしばしば私的利益と癒着し、地域共同体はむしろ空洞化。「公共」の中に「共」、ないし地域社会は含まれない。
つまり日本も、大筋ではスターリン型の自然改造を続けてきた。これからは地域社会が活発に生きてくる方向に進路を変えること、地域自立型の事業を推進することが求められているのでは。
魚と鳥と人間と
長良川は、遡河回遊性の太平洋サケの一種・サクラマスの遡上河川である。したがって、北米でのサケ(さらにはニシンなど)の研究が示唆するものは、ほとんどそのままこの地域(長良川流域)の諸問題を検討するうえで役立つ。"サケの造る森"に見る物質循環の基本構造は、太平洋の東、西の違いを超えて普遍的な意味を持つ。
サケの問題をヒントに、さらに循環回復の過去の事例を二つ見る。
@ 斜面崩落の跡地を美しい森に転じ、「美濃八景」に加えて"美濃九景"の一つを造った鳥と人間: 江戸時代、美濃國池田郡鎌ヶ谷の場合
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1774年(安永3)の洪水 ⇒ 入会山の斜面崩落 ⇒ 今西話次右衛門の発案でヒエ(稗)の実を植生喪失の山に散布 ⇒ 様々な鳥類の来集 ⇒ 年々木々と草の生長 ⇒ マツとサクラ中心の森林形成 ⇒ 櫻花を愛でて訪ねるる人々の増加 ⇒ 文政年間(1818―1829)には長良川の鵜飼などと並んで"美濃九景"の一つに算入される
A 愛知県知多半島の「鵜の山」に見る物質循環と人間
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伊勢湾、三河湾に流下する栄養分 ⇒ 魚類の成長 ⇒ カワウの捕食 ⇒ 「鵜の山」に落とされる大量の鵜糞(日本版のグアノ) ⇒ 地域共同体が設けた鵜糞採取の入札制 ⇒ 入札権を購入した近隣農家による鵜糞の定期的採取と農地への散布
その結果: 海に過剰に溜まりがちな栄養分の陸地への引き上げ、入札権販売収入による地域共同体の福祉事業(貧者救済、小学校建設、道路補修、など)、鵜糞の定期的除去による森林の保全、農地への養分補給
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日本は、オホーツク海の流氷から琉球列島のマングローブ林まで、世界の他の国にあまりない多様な自然環境に恵まれている。そこで海と山をつなぐならば、日本列島全体が世界の環境モデルとなりうる。
海と山をつなぐ場合、魚道をつけるなどの物理的な接続が保証されればよい、というものではない。汽水域の生態系の保全が肝要。
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