“市民事業”と“自然再生法”について

法政大学教授 五十嵐敬喜


第一 市民事業法の提案

◆法案のバックグランド

1 従来からの中央集権型公共事業を、分権型公共事業に変える。

2 従来型の公共事業は以下のような特徴を持っていた。
@公共事業を、直轄事業、補助事業、単独事業にわけ、国は直轄事業はもちろん、補助事業は補助
金を通じて、単独事業についても裏負担を通じて自治体を支配してきた。
A公共事業は全国総合開発計画を頂点にし、これを16本の中長期計画に計画し、国土交通省と農水
省、国土交通省内部でも、道路局、河川局、住宅局というように事業別に縦割で細分化し、互い
の干渉〔総合化〕を許さない。本来、建設省、運輸省、国土庁を統合した国土交通省は、これら
事業の総合化を図るべきであったが、いまだにこの事業別の縦割り行政は残存、強化されている。
B公共事業予算は全体として、縮小傾向にあるが、一般会計の予算と特別会計の予算、各種財源、
起債制度などが複雑に入り混じり、なお40兆円という巨大なものであり、小泉改革をもってして
も、その全様や改革の方向性は定かではない。
C公共事業を実施する組織もいまだに整理デザインされていない。
北海道開発庁は国土交通省内部の機関となったが、沖縄開発庁はそのままである。
国土交通省(本省)と8つの地方整備局の関係及び地方整備局内部の旧建設省と旧運輸省の整理
統合ができていない。
国土交通省、農水省、総務省と自治体の関係。とりわけ出向が継続している。
市民事業法はこのようなシステムの転換をもくろむ。

◆法案の前提条件

1 公共事業を国営事業と市民事業に分ける。
  すなわち補助金を廃止するということであり、これは地方分権改革会議などでも取り上げられるよ
うになった。
  しかし補助金の廃止は官僚にとっていわばレーゾンデートルを崩壊させるものであり、このまま簡
単に引下がるとは到底思われない。まず、これが最大の勝負、といえるであろう。

2 補助金の廃止と公共事業の2分化は従来の公共事業のシステムに大きな変化をもたらす。
 ・全国総合開発計画の廃止。
 ・16本の長期の廃止。
・道路法、河川法など国が自治体をコントロールするシステムを持つ個別公共事業法を改正する。
 ・道路公団、水資源公団などの特殊法人は民営化、あるいは解体する。
 ・国土交通省地方整備局の廃止。
 ・国土交通省や農水省からの自治体に対する出向の廃止。
 ・自治体の補助金を巡る国、議員に対する陳情の廃止。

3 国営事業について
・国営事業は国会がプロジェクトごとに計画を立て、予算をつくり、関係官庁が執行し、国会が執行
内容を点検する。
・国営事業は国際的な空港、港湾、国家的事業など真に必要なものに限定される。
・国営事業は今後新たに行われる事業よりも、従来の事業の維持・保全が中心となる。
・国家的な事業であっても民間でできるものは民間にゆだねる。民間参加については従来からの、第
3セクター方式や、PFI方式だけでなく、様々な形態を考える。

4 市民事業について
・市民事業は都道府県および市町村が行う事業である。都道府県と市町村の関係は市町村優先の補完
性の原則が適用される。
・市民事業は、従来からのいわゆる公共事業だけでなく、福祉、教育などすべての事業が対象となる。
・市民事業は、これまでのように国が指示した事業をいわば下請け機関として行うのではなく、自治
体が自己のおかれている条件を考慮して自ら行うものであり、優先順位、費用、などすべて自己決
定するものである。したがってその失敗の責任も自分で取らなければならない。
・市民事業は、単にインフラを整える、というだけでなく、地場産業の育成、汚染され破壊された環
境の回復、福祉自治体、観光自治体などの個性の発揮するための事業、雇用や地域経済の促進など、
多様な目的と種類をもつ。
・市民事業は後に見るような都市計画手続きとして行われる。都市計画は従来のような土地利用規制
や事業の表示を行うだけでなく、地元企業、NPO、市民などが自由に事業に参加するものとして
作られ、さらにその成果を点検するシステムをもつ。

5 市民事業法
都市計画法を改正し、改めて市民事業法とする。
・都市計画法と市民事業法を分離する案、市民事業法の中から自然再生だけを抜き出して先行させる
案なども考えられる。
・マスタープランに土地利用規制、市民事業、それらを実現するための措置および点検システムなど
を記載する。
・マスタープランは情報公開の上、市民の参加を得て、議会の議決を得る。
・自治体は従来の様々な条例を一体化し、マスタープランを実施するための「総合的な街づくり条例」
を制定する。
 ただしこれは先ほどみた道路法や河川法など個別事業法との抵触の問題が発生する可能性もある。


 第二 自然再生法について

2002年通常国会に、与党の議員立法として「自然再生推進法」が提案され、野党民主党も「自
然環境再生臨時措置法」を提案したが 審議未了の上、継続審議となった。この法案は、ポスト公共
事業社会の方向性を示す一法案であり、かつ市民事業法の発想とも一部近似する。そこで、一応、
ここでその問題点及び改正の方向を検討する。

1 与党 自然再生推進法

【定義】
過去に行われた自然環境を取り戻すことを目的として、関係行政機関、関係地方公共団体、地
域住民、特定非営利活動法人、自然環境に関して専門的知識を有するものが参加して、河川、
湿原、干潟、藻場、里山、里地、森林その他の自然環境を保全し、再生し、もしくは創出し、
またはその状態を維持管理する。
【基本理念】
【国及び地方公共団体の責務】
【実施者の責務】
【他の公益との調整】
【自然再生基本方針】
 政府が定める
 環境大臣は、農水大臣及び国土交通大臣と協議し、閣議決定。
 5年ごとの見直し
【自然再生協議会】
 実施者は自然再生協議会を組織する。
 実施者は自然再生全体構想を作る。
【自然再生事業実施計画】
実施者は自然再生事業計画を作る。
実施者は計画を関係都道府県知事に送付する。
主務大臣及び知事は実施者に対し助言。
【維持管理に対する協定】
【実施者の相談に応じる体制の整備】
【実施についての配慮】
【公表】
【進捗状況の報告】
【財政上の措置】
【その他】
【自然再生推進会議】

2 民主党 自然環境再生臨時措置法案要綱 2002.7.9
【目的】
自然環境再生を実施するための必要な事項を定める。
【定義】
自然環境再生 過去に対象公共事業により破壊された従来の生態系その他の自然環境を取り
戻すことを目的として、関係行政機関、関係地方公共団体、地域住民、特定非営利活動法人、
自然環境に関し専門的知識を有するものが参加して、河川、湿原、干潟、藻場、里地、森林そ
の他の自然環境を保全しもしくは再生し、またはその状態を維持管理する。
【基本理念】
【国及び地方公共団体の責務】
【実施者の責務】
【他の公益との調整】
【自然環境評価】
  中央環境評価委員会による評価
【自然環境再生基本計画】
  知事が作成
【自然環境再生協議会】
都道府県に置かれる
全体構想
実施計画実施
【中央自然環境評価委員会】
【都道府県自然環境評価委員会】

第三 五十嵐の意見

1 現在継続している事業について中止させる方法を考える。

2 事業中止に伴う様々な問題をどうするか
・政治的には長野田中知事不信任事件
・経済的には中止に伴う国庫補助金の返還、ゼネコンに対する賠償、地域住民に対する保障
・財政的には、とりあえずの回復作業の責任と費用をどうするか。なおこの点は保母教授の宍
道湖干拓作業中止に伴う問題がモデルケースになる。

3 自然環境回復事業を市民事業のようなイメージで再構成する必要がある。その要点は次の通り。
・対象事業を誰が認定するか
 ・誰が事業者になるか
 ・誰がその費用を出すのか
 ・これら全体の責任者は誰か。

4 現在の与党案ではこれらについて、あくまで国主導で、財源も明らかでなく、責任者もはっきり
しない。まして、市民事業的な、市民がイニシアティブをとるという発想はまったくない。
このままでは、悪くすると環境省のおもちゃにされる恐れがある。

第四 個別論点

・市民事業の都市計画化
・中止に伴う措置に対する意見
・個別法の改正
・議員立法の方法論
・市民及び自治体の取り組み

など様々な論点が残されている。


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