これからきっと火を噴く問題公共事業全国ワースト10
2000年09月22日 週刊朝日 より許可を得て転載
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天野礼子(アウトドアライター)
わが国の借金のほとんどが公共事業によることが、総選挙をきっかけに、ようやく
明るみに出た。「公共事業のどこが悪い」と言っていた自民党の亀井静香政調会長。
この人が突然、「抜本見直し委員会」をつくり、現地視察のパフォーマンスまでやっ
た。さて、どんな?抜本?見直しなのか。検証とともに、緊急にまだ見直すべき公共事
業を指摘する。
まずは、問題の見直し漏れ公共事業のいくつかを現地ルポする。
○川辺川ダム事業
「抜本見直し委員会」は川辺川のNGOから八月八日に聞き取りをした。NGO側
は、委員会が理解を示したととらえていた。
それが見直しにならなかった。理由は、当初、すべて白紙にするといわれた吉野川
可動堰(徳島県)について見解が少しも進展しないで終わったのと同じで、亀井委員
会が官僚や地元推進派の巻き返しのほうに「理解」を示してしまったということだろ
う。
川辺川ダム事業は、「子守歌の里」として知られる熊本県五木村を三十四年間も迷
走させた。いま五木村の人たちに聞くと、「道路はできてよかったが、これまでダム
に頼って公共事業だけやってきたので振興策がない。せめて『日本で初めてダムが止
まった村』として売り出そうか」と言う。
建設省は、球磨川下りの維持と天然アユのために五木村から清水バイパスを引く
と、下流の人吉市議会や漁協に説明するが、それをすれば五木村には清らかな水がな
くなってしまう。
利水事業に反対する農家が、受益者の二分の一以上の二千百人を原告に裁判を起こ
したのは、昔は田んぼをつくるために水が欲しかったが、減反でいらなくなり、重い
負担を負いたくないからだ。
こんな事情を理解し、建設省に中止を求めるべき知事は、発言を二転三転させて、
県民を困惑させている。
○紀伊丹生川ダム事業
吉野川(徳島県)や川辺川(熊本県)で、建設省が住民対話や環境重視という、自
らが九七年の新河川法に盛り込んだ精神を踏みにじるような態度を見せているのは、
二〇〇一年一月に省庁改革で出現する「国土交通省」内のシェアぶんどり合戦で、動
いている予算を持っていなければ不利になるからだと見られる。そこで川辺川の次に
建設省が狙っているのがこの川。しかし幅五メートルにも満たない小さな渓谷に、百
四十五メートルもの高さのダムを造る不条理。
治水対策にはダム以外の対案がある。利水を求める大阪府は、下流の紀の川大堰の
水も求めているが、財政難ワースト1自治体で紀伊丹生川まで面倒を見きれない状態
だろう。建設省の「水の押し売り」で苦しむ自治体の見本だ。
○長良川河口堰運用
日本最後の自然河川・長良川は、河口堰の建設と運用によって瀕死の状態に追い詰
められている。ヘドロが二メートルも堆積し、絶滅危惧種だったサツキマスも天然ア
ユも激減、ヤマトシジミは絶滅。これでも建設省は、「被害は軽微」と表現してい
る。
かつては工業用水が必要と喧伝されたが、引き取り手はなく、都市用水としては臭
いと嫌われている。愛知県、三重県、名古屋市は高い水道料金の負担にあえぐ。抜本
見直しは、こういった官僚支配の誤りを正すはずではなかったか。
○宇奈月ダム・出し平ダムの連携排砂
日本中のダムに砂がたまっている。ダムがあるために、本来は洪水のたびに森から
届けられる砂と森のミネラルが海に運ばれない。九一年に出し平ダムで行われた排砂
は、こんな課題を解決してくれるはずだった。黒部川は建設省の調査では「日本一の
清流」。そこにあるダムからの排砂に問題があろうはずはなかった。
ところが、ダムから放出されたのは、異臭が鼻をつくドス黒いヘドロだった。
黒部川の魚も富山湾の魚も腹を返した。排砂は三日で取りやめになった。
一年半すぎてようやく「排砂検討委員会」ができたが、今日にいたるまで排砂を毎
年続け、ヘドロで漁獲量が減少し、生活苦に陥っている漁民たちの訴えに理解を示そ
うとしない。
今春、出し平ダムの下流に建設省の宇奈月ダムが完成したが、関西電力は電力需要
の落ち込みを理由に、このダムを含めた新規ダムの使用延期を発表した。ところが、
数日後、宇奈月ダムの発電開始だけが発表された。建設省はどうしても黒部川でこの
夏、「世界初の二つのダムによる連携排砂」を実験したかったのだろうか。
海には、砂が届いたほうがよい。しかし、年に一度の排砂がかえってヘドロの害を
海にもたらすなら、どうして建設省は漁民を委員会に入れて、納得を得たうえでの排
砂を考えないのかここでも「政治の始動」が求められている。
なぜこうも国民感覚とズレる抜本見直しになったのか。問題点を列記してみよう。
(1)二〇〇〇年の日本の一般会計予算は、八十四兆九千八百七十億円だが、税収
は四十八兆六千五百九十億円。亡き小渕総理は「私は世界一の借金王」と称したが、
年間三十七兆円もの借金を続けていくことそのものに、少子高齢化へ向かう国民が
「ノー」と言っていることがわかっていない。公共事業費は一般会計からは約十兆円
だが、財政投融資や特別会計、地方自治体の分も含めると総額五十兆円にも達する。
亀井さんの抜本見直し委員会は、二百三十三事業、二兆八千億円分を見直すことを政
府に要請したが、これは十年間の計算で、事業数ではわずか二%、年額五十兆円の公
共事業費の〇・五%にしかならないとも計算できる。
中海では、中止の見返りに、知事が求める新たな公共事業に、「配慮する」と亀井
さんは答えている。全国でこんな対応をすれば、公共事業費はかえって増えてしまう
だろう。
(2)二千百戸の農家が裁判までして拒否している川辺川ダムが見直し対象になら
ないのは、事業完成年が二〇〇八年になっているから三十四年も着工できていなくて
も見直せない仕組みだ。
○ダム造り百年で海がやせ細った
つまり、今回の見直しには官僚のトリックがあるのだ。
すでに自分たちが「休止」としている事業も、百二十一件も含まれている。こんな
結果になったのは、中止の基準を「採択後五年以上たっても未着工」など、時間の経
過にのみ判断の軸を置いたからだ。「質」を問う視点が欠けている。
(3)すでに着工している諫早湾干拓や、運用中の長良川河口堰で環境への悪影響
が出ているものについても見直しができないならば、公共事業の抜本見直しとはいえ
ない。これらの事業が強行されるときに、無理やりつきあわされた地方自治体の「三
割自治」(「地元負担は三割ですむ」と中央官庁が持ち込む公共事業が地方財政を圧
迫している)のあり方を見直さなければ、公共事業問題の真の解決はできないだろ
う。
(4)吉野川可動堰建設や神戸空港建設に対する民意の住民投票を求める声をどう
政策に反映させるかの道筋すら示されなかった。
いったい公共事業は、どうあるべきか。それを考えるうえで、日本の海の魚の生産
量の変化がひとつの示唆を与えてくれる。一九八四年のそれは千二百八十二万トンで
世界一。十四年後の九八年は、六百六十八万トンと半分近くまで減っているのであ
る。
この原因を「漁業白書」は、「藻場・干潟の埋め立て、海砂利の採取、自然海岸の
減少等に伴う繁殖・保育の場の喪失による資源の再生能力の低下等による」と、はっ
きり書いている。
百年間、ダムを造り続けてわかったことは、山から洪水のたびに河口に運ばれてい
た砂や栄養分が海に届かなくなったために、いまや世界一の海産物輸入国になってし
まった現実だ。
アメリカは九四年、ダム開発の終了を宣言し、ダム計画の中止、事業の中断、撤去
が進んでいる。ヨーロッパでは、川の蛇行を取り戻し、治水をダムでなく洪水氾濫原
で受け止める事業を進めたり、干拓地を干潟に戻して自然を再生したりしている。亀
井さんの抜本見直しに欠けていたのは、
「二十一世紀を二十世紀と同じスピードで開発する世紀にしない」
という思想である。
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