「公共事業が変わる」 

天野礼子著

北海道新聞社 2002年7月13日刊行
四六変型判 320ページ 1470円




 本書ではいきなり、「公共事業を悪者にしたのは、私です」と言い切る著者だが、公共事業そのものに反対しているわけではない。水需要のなくなった巨大ダムや車の走らない立派な舗装道路など、無駄なもので必要性に問題があり、自然破壊につながる従来型の公共事業についてはすぐにやめるべきと主張する。

 その代わりに「障害者がスムーズに足を進められる道路」「老人が尊厳を失わずに死んでゆける施設」「子供たちが働く母親のそばで泣いたり笑ったりできる社会システム」など、「地球を汚すことなく、心豊かに暮らしてゆけるそんなハードとソフトを作ってくれるのがパブリック」の仕事、つまり公共事業だと強く訴える。 

 そして本書では、公共事業のありようが大きく問われている今、従来型でないこれからの新しい公共事業の道筋を具体的に提案している。

 河川など水質の浄化、生ごみ・糞尿の堆肥化を進める有用微生物(EM菌)の活用、人工的に改修された河川をできるだけ自然にある素材を使って元の自然に近い姿に戻す「近自然工法」、間伐が進まず荒れた森林を再生するため最小限の予算でより自然に近い形で造成する林道事業、木材製造過程で発生する端材などを燃料として利用する木質バイオマス事業などを、「これからの公共事業」として取り上げている。

 ここでピックアップされた「ポスト従来型公共事業」はすべて、自然を再生し自然に生かされる事業ばかりだ。さらにそれら事業がいずれも実験段階から、既に実用段階に入っているという事実が、新しい公共事業の方向性と可能性を示している。

 「公共事業は、できるだけ小さく、そして誰でもが取り組めるものが理想です。自分のまわりの自然を食いつぶしながら生きてきた従来型でないものが、いま国民が求めているものでしょう。゛小さな芽゛はこんなにもたくさん芽生えています」

 そう著者があとがきに書いたように、九月一日の知事選で田中康夫氏が再選した長野で、緑の雇用を進める和歌山で、森林再生を目指す岩手で、そして風力や雪氷など自然の力をエネルギーに変えている北海道で、その芽はしっかりと芽生え、着実に育ち始めている。

 従来型の公共事業に「異議」を唱えてきた著者が、政府と官僚たちに対案する「これからの公共事業」のすべてが、この一冊に詰まっている。

目次


まえがき  公共事業を悪者にしたのは、私です

第一章 「゛ポスト公共事業゛社会の構築に向けて」法政大・五十嵐敬喜教授vs天野礼子

第二章 現れた改革の旗手たち    
  公共事業中止の始まりの始まり              
一 あと数キロで完成の奥産道を中止、自然再生エネルギー活用に最も熱心な岩手県
二 中部ダム中止で浮いた財源が西部地震復興に生きた。次は情報公開日本一と鳥取版ワークシェアリング
三 "脱ダム"宣言から木こり講座。日本列島の背骨・長野県で進む"緑のダム"づくり  
四 「緑の雇用」を小泉総理に提案。都市に近い森林県を"売り"にIターンを誘う、和歌山の現代版・吉宗の世直し作戦
五 "EM"菌活用で財政赤字を克服。七年間に人口三百二十人も増えた福井県宮崎村
六 町長と町民が一緒に自然エネルギーコミュニティーづくりに取り組む滋賀県新旭町
七 究極の中山間高齢過疎地で、住民から始まった高知県池川町の「21世紀への実験」

第三章  欧米で進む新たなパブリックワーク
一 アメリカはなぜダム開発をやめたのか
二 自然再生と自然エネルギーの取り組みがさまざまに進むドイツ
三 川とデルタ地帯のすべてを甦らすオランダ

第四章 対談 二十一世紀を美しく生きるために
一 北大名誉教授・石城謙吉氏と   いまこそ「森の思想」を
二 作家C・W・ニコル氏と     日本の森と川と海のために
三 島根大助教授・小池 浩一郎氏と 二一世紀のエネルギー事情

第五章 これからの公共事業
一 水質浄化と下水道 日本で一番不幸な沖縄に、二人の巨匠が棲んでいる
二 今や時代の最先端となった゛近自然工法゛が日本の川を甦らせる
三 近自然型林道事業 道づくりから仕事が生まれる
四 木質バイオマスへの取り組みが日本の林業を救う
五 ゴミ処理は一人ひとりの足元の公共事業

第六章 「北海道モデル」を全国に
一 糞尿(マイナス)を宝(プラス)にする人々
二 北海道が全国をリードする風力発電
三 じゃまだった雪が白いダイヤ(宝の山)になった
四 「森を建てる」北の男(ひと)
五 河川局の自然再生事業で川は甦るか

あとがき 公共事業の「質」の転換を求めて


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