「世界水資源会議」報告 週刊金曜日 1997.12.19 No.200より転載
「世界水資源会議」(9月13〜15日、三重県長島町で開催)に招かれた
世界銀行のロバート・グッドランド、NGOインターナショナル・リバーズ・ネットワークの
パトリック・マッカリー、ワールドウォッチ研究所のジャネット・アブラモビッツの三氏に、
21世紀の水問題のあり方を聞く。
(写真/伊藤孝司、通訳/勝木一郎)
世界銀行がNGOと合同で世界のダム事業の総検証を始める
これまで世界中の大規模開発事業に融資をしてきた世界銀行が、
それらの開発に反対するNGOと協力して「世界ダム委員会」を組
織する。市民からの圧力を拒否するのでなく、受け止め、一緒に行動
していくという同委員会の発足は、世界中で進められている大規模
開発見直しの潮流の先端である。天野礼子 世界銀行とIUCN(国際自然保護連合・1948年にスイスで創立された自然保護機関。世界の138ヵ国と895団体が所属)が協力をして11月から開かれる予定になっている「世界ダム委員会」についてお聞きします。その前に、日本の現状をお話します。
世界ダム委員会とは何か
天野 日本では、1995年5月に長良川河口堰の運用が強行され、批判が集中した時、建設省は全国の13のダムで「ダム審議会」を発足させるとしました。しかし、審議会の委員は、すでにそのダム建設に同意している地元知事が選ぶというもので、しかもほとんどが非公開でした。
また最近では98年の予算を7%削減しなくてはならなくなった建設省が、380のダム計画のうち補助事業の3ダムを中止、直轄事業の3ダムと補助事業の6ダムを休止、直轄と補助事業の40ダムを足踏み(必要な基礎調査以外に工事や調査を進めない)としたのですが、この見直しの課程もまったく公開されておらず、建設中や、完成後のダムについては見直されていません。
かつては世界のNGO(非政府組織)から悪代官の象徴のように枇判を受けていた世界銀行(世銀)ですら今ではNGOと合同で委員会を行なう。それなのに日本の建設省は依然として閉鎖的で、お手盛りの委員会しかやらない。世銀がなぜNGOと協力しあうようになったかの過程を私たちの今後の運動の参考にしたいのです。
ロバート・グッドランド 世銀では二年くらい前から、ジェームス・ウォルフェンソンという新総裁の下、組織改革が始まっていました。そこでわれわれがこれから予定し、計画し、私自身は期待している(注・グッドランド氏は世銀の中の良識派)ことは、、環境担当のメンバーを増やすこと、環境関連の予算を増やすこと、そして、ワシントンに環境科学者たちを置くだけでなく、実際の援助受け入れ国やプロジェクトが行なわれる地域に環境担当のメンバーを置くことです。
天野 私たち日本のNGOは、世銀の変革は、94年の中国・三峡ダムへの融資を行なわなかったことから始まったと考えていましたが...。
グッドランド 確かに三峡ダムは、大きな変革の一つでした。しかしその前にインドのナルマダダムがありました。この時は日本政府が世銀より先に撤退を決め、これが世銀にとって重要な信号となりました。三峡ダムでは世銀がやめたのにやめようとしなかった日本、ナルマダダム関しては世界の動向に対してよいアンテナを持っていたわけです。もっともそれを実行させたのは、日本や海外のNGOの圧力でしたが。
世銀はNGOに協力を求めた
天野 「世界ダム委員会」ができるまでを、NGO側からお話しください。
パトリック・マッカリー NGOが絶え間なくプレッシャーをかけ続けたことがよかったのでしょう。世界銀行にとっては自分たちをよく見せようとした努力がうまくいかなかったことがあります。93年の3月にナルナダダムのプロジェクトがうまくいかなくなる直前に、世銀がナルマダ事業に対して設けていた「独立委員会」が、世銀の意思決定過程などに問題があることを遠慮なく暴き、世銀が大いに恥をかきました。それが重要な転機でしたね。
天野 世銀の「業務評価部(OED)」が作成した大型ダムの影響に関する調査報告書に、マッカリーさんの所属するインターナショナル・リバーズ・ネットワーク(IRN)などが批判を浴びせたことも、世銀には痛手だったのではないですか。
マッカリー それにはもう少し複雑な事情があります。というのは、OEDの最初のレポートが公になる前から、OEDはIUCNにコンタクトを取り始めていたのです。次の段階をどうやるかについて相談するミーティングを、IUCNと、ごく閉鎖的にやりたいと考えていたようなのです。
グッドランド そうです。世銀は、意思決定過程をもっとよいものにするため助けがほしかったのだと思います。
マッカリー 私が答えるのもおかしいのですが、世銀はあまりにも批判を受け続けたので、意思決定過程をもっとオープンにしようと考え、どうしたらよいのかを誰かに教えてほしかった。そのパートナーをNGOに求めた。IUCNがNGOの指導的・代表的な存在なので選んだのでしょう。
それに、もともとIUCNと世銀の間では、協力についての協定があったのです。ウォルフェンソン総裁によつて始められた一連の改革の一つでした。
天野 世銀とIUCNが協力しあう「世界ダム委員会」は、世界のNGOがもたらした勝利だと考えてよいのでしょうか。
マッカリー 勝利という言葉を使うのは、まだ早いかもしれません。今後、機構的なものがはっきりしてきますから。
できあがったものを見たら、とてもわれわれに受け入れられないものだという可能性もありますが、警告付きながら、勝利と言ってよいと思います。お金の面から建設省を攻めなくては
天野 そこでお二人にうかがいます。日本の建設省は、世銀とIUCNの委員会から何を学ぶべきですか。
マッカリー 日本の建設省は今、NGOとの歩みを始めなければなりません。そうしないと、市民社会と政府が合意に達することが、もっともっと難しくなります。
グッドランド 世銀が学んだことは、まず第一に市民社会によるプレッシャーは避けられないし、それを受け止めて一緒にやってゆくことが、実はもっとも安上がりで、もっとも近道で健全だった、ということです。
天野 それを建設省は理解しようとしません。
マッカリー もっとお金の面から攻めなくてはいけない。建設省の予算をカットするのです。
グッドランド 世銀がNGOの批判に答えなければいけなかったのも、お金が一番大きな理由でした。アメリカでダムについて変化が起きたのも、予算のあり方が変わったからです。ダムの資金を、州政府と地方自治体がより多く負担しなければならなくなった。治水事業については75%くらいまで政府が払っていたのを、25%にしたので、計画が減っていったのです。
マッカリー とにかく建設省に対して、予算を脅かすような政治的な圧力をかけるのです。アメリカで起こったことは、もうそんなムダな大規模予算はかけたくないと、政治家みんなが思ったことでした。日本でも、この会議を主催したあなた方の動きが、政治家たちにそのことを教えていると私たちは考えています。(9月14日、長良川河畔にて)
21世紀の水争いは、ダム建設では解決できない
ジャネット・アブラモヴィッツ
天野 礼子「今後は水が国家間の争いの原因になる可能性がある」というワー
ルドウォッチ研究所の予測が、日本では建設省の都合のいいよう
に引用されている。ダムをつくるよりも、ムダに失われている水の
効率的な利用方法を考えたり、水資源の公正な利用と配分を可能
にするシステムを作る方が大事と、アブラモヴィッツ氏は言う。
水が紛争のもとになる
天野礼子 日本のダム関係者たちは、「国連は『世界の人口の8%が極度の水不足に置かれていて、30年後には世界の人口の三分の二が水不足で苦しむ』と言っており、ワールドウォッチ研究所は『近年の戦争は石油等をめぐって起こっていたが、今後は国家間に紛争を生む最大の可能性は水である』と言っている。だから、日本でも、さらにダムが必要だ」と主張します。
ジャネット・アブラモヴィッツ 現在使っている水の多くがムダに使われています。たとえば非効率な灌漑システムによるムダや、水漏れの多い社会資本、大きなダムの貯水池からの蒸発によって失われている水があります。世界の人類が利用する水の量のうちの6%が、実はダムからの蒸発によって失なわれているのです。
それに比べて、住宅・都市等で利用される水は、全体の7%に過ぎません。すなわち、都市で使われる水とはとんど同じだけの水が、ダムからの蒸発で失なわれているのです。ダムを造ることこそが危機に対処する方法だと主張する
人々は、こうした数字に目を向けるべきです。
そして、ダムを造ることによって、ますます問題を困難にしているということにも目を向けるべきです。
天野 水問題の解決方法として、ワールドウォッチは何を提案していますか。水資源の公正な利用と配分
アブラモヴィッツ 水資源を考える時に大事なことは、持続可能な利用の仕方をされているかということと、公正な利用と配分がなされているかということです。現状を考えると、二つともが達成されていません。水資源をめぐっての多くの国々での争いは、水不足から起きるものではありません。分かち合いの不足や、非効率な使い方、不適切な利用の仕方によって起こっています。水利用の必要性が増したとしても、保全・効率性の向上、分配の仕組みの改善、これらをひっくるめた需要管理で達成することがでさます。
具体的に言えば、たとえば灌漑がありますし、水に対する権利のシステムの改革があります。効率性の向上・保全・分配の仕組みを改善するのです。不適切な補助金の廃止も必要です。こうした方法はほとんどの場合、新しい水の供給源を造り出すことよりもずっと安くつきます。
天野 ところで日本の建設省は、ダムを撤去して自然の流れを回復するには大きなコストがかかり非現実的だと主張しています。これについてのご意見は。
アブラモヴィッツ その考えには賛成できません。第一に経済的な側面からですが、ダムの撤去には確かに非常にお金がかかります。しかし、川を回復させた経済的な利益は、払った費用を大きく上回ります。
二つ目の理由は、なぜダムがいけないかという理由と非常に密接な関係があります。自然の川の機能、自然な川の流れといったものは、人々の生活に必要なサービスを提供してくれるのです。ところが、ダムの建設は、こうした自然からのサービスを失なわせることをしています。ダムの撤去は、そうしたサービスを回復させるのです。
また、水の配分ということでは、人々の必要性を考慮する他に、生態系が必要とする水の量も同時に考慮に入れる必要があります。生態系は、われわれに大きな恩恵を与えてくれています。水は、その生態系にとっては血のようなもので、血がなくなっては機能できません。
ですから、ダムを撤去し、水を生態系に返すことが必要なことであることが、近年広く理解されるようになりました。これをみんなが理解すれば、水争いを解決することができるのです。(9月13日、「世界水資源会議」会場にて)
11月第一週、アメリカ・カリフォルニア州サクラメント川のウェスタン・キャナルダムが取り壊された。アメリカでは、ダム計画の中止、工事の中断、そしてダムの撤去まで始まっている。
そんななか、世界の巨大ダムに融資を続けてきた世界銀行が、ついに、NGOと合同で世界中のダムの問題点岡見点を洗い直す「世界ダム委員会」をまもなく発足させる(人選でもめており、12月に入ってもまだ正式に発足できていない)という。「世界ダム委員会」が発足する経緯を、9月の「世界水資源会議」に出席した世銀とNGOの双方から聞き、思った。
北海道・千歳川放水路問題では、NGOが北海道開発局の提案する「円卓会議」を拒否。知事は諮問委員会を発足させ、ここで方針を打ち出すというが、これにもNGOは疑問を呈している。
徳島県木頭村では、建設省の「ダム審議会」を拒否し続けてきた藤田恵村長が、いよいよ審議会を受けて立つ。
わが国のダム問題も、いよいよ正念場を迎える時、世界の潮流がダム見直しであるにもかかわらず、それに逆行する日本の建設省と行政のかたくなさが問題である、と。(天野礼子〉
ロバート グッドランド=世界銀行環境特別顧問。1978年より世銀勤務。モントリオールのマックギル大学熱帯生態学で修士・博士号取得。マックギル大学・ブラジル大学にて教授の経験を持つ。国際環境アセスメント協会会長、アメリカ生態学会議長など歴任。
パトリック マッカリー=インターナショナル・リバーズ・ネットワーク(IRN)キャンペーン部長。IRNの前は英国『エコロジスト』誌に編集者として勤めた経験を持つ。近々築地書館出版される『沈黙の川』の著者。
あまの れいこ=アウトドアライター。
ジャネット アブラモヴィッツ=ワールドウォッチ研究所上級研究員として、生物多様性・天然資源管理・人間開発・社会的公正を中心に報告書を発表している。世界資源研究所をはじめ、いくつかの政府・非政府組織に勤務し、生物多様性とジェンダー問題に関する論文を発表してきた。
<世界銀行>
第二次世界大戦後の国際経済秩序を担う中核機関として1946年から業務開始。翌年には国連と協定を結んだ。設立目的は第二次大戦で疲弊した西欧諸国の「復興」と「開発」だったが、現在は開発途上国への「開発」貸し付けが中心。日本では、愛知用水・黒四ダム・東海道新幹線・東名高速道路などが世銀借款により建設された。<インターナショナル・リバーズ・ネットワーク>
ダムや大規模河川開発に反対する世界の団体を支援するために、1985年にカリフォル二アのバークレーに設立された非営利同体。季刊誌『ワールドリバーズレビュー』を、世界の4000の団体に送っている。<ワールドウォッチ研究所>
ワールドウォッチ研究所は、政策立案者と一般市民に世界経済の相互依存性と環境維持システムについて情報提供するために、1974年にワシントンで設立された、独立・非営利の研究機関。発行する『地球白書』と『ワールドウォッチ』は世界中で発売されている。オービル・フリーマン元農務省長官が理事長、レスター・ブラウンが所長で、ジャネット・アブラモヴィッツは、上級研究員として水問題他を96年から担当している。
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