VOL.18-2


河口堰運用後の長良川
長良川下流域生物相調査団 山内克典


 河口堰運用後、長良川の自然環境や生物相にどのような変化が起きているでしょう か。私たち「長良川下流域生物相調査団」は、いくつかの問題について調査を行って きました。運用後約2年経過しましたので、最近、中間的に調査結果の概要をまとめ たところです。私たちが予想し、懸念していた事が次々と現実になってきている、と いうのが実感です。長良川は現在瀕死の重傷にあると言って良いでしょう。以下に、 私たちの調査結果にもとずいて、長良川の変化の一端を紹介します。


写真:長良川河口堰湛水域の死滅するヨシ原(堰上1km地点)
この辺りは堰運用前にはヨシがほぼ全面を被っていた。いまは、ヨシが死滅した後に、 オオカナダモなどの水草が繁茂し始め、ブラックバスが増加している。岸辺の人たち は釣り人。アユなど他業種へのブラックバスの影響が心配だ。

1 河口堰下流における流れの停滞と塩分成層の形成

 河口堰より下流では、恒常的に塩分成層が形成され、底泥の堆積が促進される。こ れは奥田節夫岡山理科大学教授が以前から指摘されていたことです。調査団の粕谷さ んは、河口堰試験運用時の建設省のデータを調べ、河口堰下流についてその可能性が 極めて大きいことを明確に示しました。
 私たちは昨年9月と今年5月の2回、魚群探知機と塩分濃度計を用いて、塩分成層 について調べました。その結果、大潮時(堰が開いていれば塩分成層は形成されない 潮相)にも、また2000トンは流れたのではないかと言われる出水の数日後においても、 非常にあきらかな塩分躍層(濃い塩水と薄い塩水の境界)が河口堰下流で認められま した。一方、同一地点の揖斐川は2回ともほぼ淡水状態で、塩分躍層は見られません でした。河口堰下流では、堰が閉じていれば、低層は海水、表層は淡水に近い塩分の 水という成層構造が恒常的に形成されることはほぼ間違いないでしょう。また、揖斐 長良大橋ー河口堰間の塩分濃度が揖斐長良大橋の下流よりも高いという結果が得られ ました。このことは、堰下流における流れの停滞を示すものと思われます。流れの停 滞や塩分成層は川底への酸素供給を減らし、ヘドロの堆積を促すことになります。

2 河口堰下流のヘドロ堆積とヤマトシジミの激減

 河口堰建設前は概ね砂質で、運用前年でも下流側が砂質であった河口堰−河口から 3km地点間(約2.5km)において、水深5−6mの河床は全面的にヘドロが堆積 している事を示す調査結果が得られました。ヘドロ堆積は、下流側は厚さが数センチ ぐらいですが、上流に向かい次第に厚さを増し、5km地点では1m余に達している と推定されます。この水域では、漁業上重要なヤマトシジミは両岸の岸辺以外ほとん ど全滅しました。
 揖斐長良大橋(2.5km地点)より下流は水深が浅く、砂質の川底です。ヤマトシジミ は1−2.5km地点に生息していますが、個体数は減少したと考えられます。河口付近で はほとんど生息していません。今後、揖斐長良大橋の下流も浚渫される予定ですので 、長良川では、ヤマトシジミは河口堰下流の岸辺を除きほぼ全滅する可能性が高いと 思われます。一方、揖斐川の川底は砂質を保っており、ヤマトシジミの生息に大きな 変化は認められませんでした。
 なお、建設省・水資源開発公団による河口堰-揖斐長良大橋間のヤマトシジミ類調 査結果を見ても、この水域でヤマトシジミが激減したこと、とくに、水深5−6mの 川底ではほぼ全滅したことが明らかです。


図:長良川河口堰−揖斐長良大橋間のヤマトシジミ 生貝個体数の変化。堰運用後ヤマトシジミは激減、特に、水深5m以深でほぼ全滅した。 水深は1調査時のもの(建設省・水資源開発公団の「長良川河口堰調査報告書」および 「平成9年度第一回河口堰モニタリング委員会資料」より山内作成)


3 堰上流におけるヨシ原の衰退と沈水性水草の繁茂

 河口堰上流部湛水域において、水深1m以深の地盤に生育していたヨシ原は、大部 分が死滅しました。水深60−70cm前後でも、かなりの地点で密度が低下し、勢いが 衰えました。今後、ヨシ原はさらに死滅・衰退していくと考えられます。一方これま でに見られなかったエビモ、オオカナダモ、コカナダモなどの沈水性水草が少なくと も伊勢大橋-名神高速道間の水深約1.5mまでの両岸岸辺に繁茂し始めました。ホテイ アオイも定着・増殖しました。これらはいずれも流れのよどんだ、富栄養水域の植物 です。既存の河口堰で大発生して、建設省が多くの費用を投じて除去した実績のある 植物です。
 さらに、外来魚のブラックバスやブルーギルが、ヨシ原間で多数観察されるように なりました。伊勢大橋上流では、ブラックバスの釣り人がたくさん見かけられるよう になりました。これらの魚がさらに増加し、アユなどの他魚種に大きな影響を与える ことが懸念されます。

4 動物プランクトン相の変化とアユ仔魚への影響

 堰閉鎖後約2ヶ月で、堰上流の汽水性動物プランクトンは姿を消し、淡水性種に置 き換わったと見られます。動物プランクトンの個体数変動についてみますと、ゲート 閉鎖の約1ヶ月後に堰上流でワムシ類、ミジンコ類が爆発的に増加しましたが、出水 によって流失し、9月以降低密度になりました。2年目の夏にも同様の大発生が見ら れましたが、やはり出水後は低密度が続きました。  秋雨前線や台風による出水によって流失するため、仔アユ降下の盛期である10−11 月は、動物プランクトンの密度は通常極めて低いと言えます。建設省の調査では、1995 年に堰上流で採補された300余の仔アユのうち、摂食していた個体は皆無でした。 1996年は、370個体中29個体(7.8%)が摂食していたにすぎません。絶食の場合、仔 アユは水温19−20゜C(10月の水温)で8日以内に、水温11−15゜C(11月の水温) で12日以内に全滅し、5−6日では約半数が死亡するという実験結果があります。降下 時に渇水が続けば、仔アユは極めて深刻な打撃を受けざるを得ないでしょう。

5 ユスリカの発生

 ユスリカは既存の河口堰や人造湖で大発生し、人家に大量に進入するなど、大きな 問題になりました。また、近年、ユスリカが喘息の原因になることも明らかになって おり、堰上流域のユスリカ発生に関する調査は重要です。
 河口堰運用前の1993年1月から1994年4月までの下流域の調査では、60種549個体の 雄を確認しました。Cryptochironomus albofasciatus が第一の優占種で、Cladotanytarsus vanderwulpi が次に優占でした。さらに、Polypedilum masudai というかなり珍 しい種が優占でした。一方、Chironomus yoshimatsui (セスジユスリカ)、 Polypedilum japonicum 、 Einfeldia (クロユスリカ)属といった汚染の著し い河川で優占的 になる種の発生は極めて低いレベルに抑えられていました。
 一方、堰の運用後は、下流部での発生数が桁違いに増加していることが確認できま した。6km〜10kmではかつて上流で確認できた Cryptochironomus albofasciatus、 Chironomus kiiensis、 Procladius choreus、 Polypedilum masudai 等が、34kmでは、 Chironomus samoensis、Cricotopus trifasciatus、 Hydrobaenus kondoi 等が、 20kmでは Polypedilum masudai が多く認められました。
 河口堰運用前の長良川はユスリカ相から見ても多様でした。優占となるユスリカは 水質との関係が強く、今後どのように変遷してゆくのかが興味深いことです。また、 堰の運用に伴い河川の環境が均質化してくるなら、一定種の大量発生という事態も予 想されますので今後の監視がさらに重要です。

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