VOL.20-2


公共事業の敵と味方
法政大学法学部教授 五十嵐敬喜   


 参議院選挙が近づいて、公共事業がいよいよ生臭くなってきた。東京にいるとそれほど感じないが、地方の新聞などをみると地方経済は惨憺たる状況で、これを受けて候補者たちは公共事業の誘致や再開に必死で、地元建設業界もこれを支援すべく全力投球といったいつもの構図が、いつもよりもっと激しくくり返されているということがよくわかる。日本の選挙は公共事業の分配なくしては成り立たない。それだけでなく、平常時でも日本の政治はこれをめぐって動く。不況対策としての一六兆円にのぼる補正予算(内七兆七千億円が公共事業。そのうち一兆5千億円が地方単独事業)、そして行政改革という名の国土交通省の設置。それに向けての吉野川河口堰等あちらこちらの事業へのゴーサイン等である。
 次の表をみてもらいたい。これは最近の外国メディアが公共事業についてどのようにみているか、各紙の見出しをみたものである。まずそのおどろおどろしい表現にびっくりするであろう。「能がない」「浪費」「利益誘導」「非効率」等々、これだけをみるとまるで「暴露新聞」といったおもむきだ。しかし、内容をみるといずれも長文でしかっりとシステムを分析していて、正確に問題点を提示している。そして最後は「官僚はそれでもダムが好き」等というように、ほとんど揶揄といったような調子になっていることを注意しておいてよいだろう。
 アメリカというと私たちはすぐ例の「公共投資四三〇兆円」を思いだす。当時の日本とアメリカをみると、日本はいよいよ高度経済成長に向けてばく進中であり、アメリカは財政赤字や貿易赤字に苦しんでいた。このような状況を背景に、日本の貿易黒字の解消→内需拡大という路線がつくられた。これを受けて公共事業の拡大を目論んだのが政界のドンといわれていた金丸信であり、彼の一言によって「公共投資四三〇兆円」が決定される。これ以降、公共事業は急成長を遂げ、中曽根内閣の時点では実に六三〇兆円に膨らんでいった。しかし日本のバブル崩壊とともに日米の地位は逆転し、日本は戦後最大の不況を迎え、アメリカはその逆になった。
 こういう日米の歴史を背景にして先ほどのアメリカメディアの報道をみると、ある種の感慨が沸いてくる。アメリカはこの間ダムの解体にみられるように、公共事業政策を転換した。しかし日本はそのまま継続し、その結果双方の地位は逆転してしまったのである。アメリカの成功は、日本の公共事業をみる際の重要な判断基準になる。
 さらにもう一つの障害もみておきたい。今回の補正予算による公共事業の拡大には、政府の事業だけでなく自治体の単独事業も含まれている。最近の週刊誌の記事で出色の出来だったのが、「週間ダイヤモンド」一九九八年五月三〇日号の「全国調査 この街が倒産する!」であった。この特集では四〇頁にわたって都道府県と六九一の都市を対象に財政力指数や借金の数字などを集めて倒産の危険度を診断した。これによってはっきりしたことは、この間、過度の公共事業を行った自治体は軒並み苦境にたっているということである。
 かつて自治体はバブルによる自然増収、あるいは借金に対する国の補填などでいくらでも借金できた。しかし事態は一変し、借金も単に建設コストだけの借金だけでなく、ランニングコストも重なって自治体を急襲するようになった。このままでは、およそこれまで誰も考えもしなかった「自治体の倒産」という事態が発生するというのがこの記事の結論であり、これはかなり正しい。景気対策のためだけの不要不急の公共事業など、今の自治体ではとうていこなせない。 

 公共事業はアメリカと自治体というヤッカイな敵をかかえた。それにもかかわらず国会議員、ゼネコン、そして一部の国民は狂奔することを止めない。そして選挙になると絶対多数になる。
 私たちはアメリカと自治体を味方につけて選挙結果を上回る運動をおこさなければならない。
 最近は、そんなこと絶対不可能だという声と、いやいや味方の力は強い、ドンデン返しの歴史はもう目前にあるという声が同時にきこえてくるのである。

緊急に中止・廃止すべき無駄な公共事業マップ〔番号は順位ではありません〕

●北海道
1 苫小牧東部工業基地2 函館・江差間高規格道路3 松倉ダム
4 二風谷ダム5 平取ダム6 大沼周遊道路
7 北海道上磯町漁港マリノベーション8 ウトロ漁港整備
●東北
9 むつ小川原開発(青森) 10 雄物川水系成瀬ダム(秋田) 11 真木ダム(秋田)
12 上大沢ダム (宮城) 13 ふるさと林道(津山町大峰山林道)(宮城) 14 仙台・石巻港湾整備(宮城)
15 農業農村整備事業「水ばしょうの丘」整備構想(山形) 16 大規模林道朝日・小国線(山形) 17 大規模林道飯豊・檜枝岐線、米沢・下郷線(山形)
18 広域基幹林道大滝線博士工区 (福島) 19 新宮川ダム(福島) 20 奥只見発電所増設(福島)
●関東
21 首都圏中央連絡自動車道(茨城ほか) 22 霞ケ浦導水・用水(茨城) 23 常陸那珂港建設(茨城)
24 思川開発(栃木) 25 国道354号線バイパス高規格道路 (群馬) 26 三番瀬埋立開発(千葉)
27 臨海副都心開発 (東京) 28 小笠原空港(東京) 29 相模大堰(神奈川)
30 三浦半島中央道路(神奈川) 31 海岸環境整備(鎌倉七里ヶ浜部分)(神奈川) 32 ベイブリッジ(横須賀港)(神奈川)
●甲信越北陸
33 佐梨川総合開発( 湯之谷揚水発電ダム)(新潟) 34 清津川ダム ( 新潟) 35 万代島再開発(新潟)
36 犀川総合開発「辰巳ダム計画」(石川) 37 小松・白川連絡道路( 白山トンネル)(石川) 38 宇奈月ダム(富山)
39 足羽川ダム(福井)  40 長尾山開発(福井) 41 林道前日光ハイランド線(栃木)
42 芦川ダム(山梨) 43 浅川総合開発(浅川ダム)(長野) 44 県営林道焼額線 (長野)   
●中部
45 長良川河口堰(三重・岐阜・愛知) 46 徳山ダム(岐阜) 47 東海環状自動車道(岐阜-高富付近)(岐阜)
48 超深地層研究所(岐阜) 49 高鷲村取西洞叺高原スキー場(岐阜) 50 内ヶ谷治水ダム(岐阜)
51 静岡空港(静岡) 52 中部国際空港(愛知) 53 愛知万国博覧会(海上の森)(愛知)
54 藤前干潟埋立(愛知) 55 渥美半島縦貫道(愛知) 56 中勢沿岸流域下水道志登茂川処理区(三重)
57 川上ダム(三重) 58 伊賀コリドール(広域農道)(三重) 59 中勢北部サイエンスシティ(三重)
●関西
60 琵琶湖空港(滋賀) 61 鴨川歩道橋(京都) 62 京都迎賓館(京都)
63 京都市高速道路(京都) 64 関西国際空港第2期事業(大阪) 65 安威川ダム(大阪)
66 槙尾川ダム(大阪) 67 武庫川ダム(兵庫) 68 神戸空港(兵庫)
69 雑賀崎沖埋立港湾造成(和歌山) 70 新宮港第2期整備(和歌山)
●中国・四国
71 重要港湾鳥取港整備(鳥取) 72 国営中海土地改良(島根) 73 苫田ダム(岡山)
74 中国四国連絡橋(尾道-今治ルート)(愛媛-広島) 75 吉野川第十堰(徳島) 76 細川内ダム(徳島)
77 沖洲流通港湾建設第2期工事(徳島) 78 広域基幹林道大川原-旭丸線(徳島) 79 徳島県東部国営農地防災事業(徳島)
80 徳島空港滑走路延長(海面埋立)(徳島) 81 高松湾頭地区開発(サンポート高松)(香川)   
●九州・沖縄
82 嘉穂南部ダム(福岡) 83 北九州港響灘環黄海圏ハブポート(福岡) 84 アイランドシティー整備(和白干潟)(福岡)
85 嘉瀬川ダム(佐賀) 86 佐志浜埋立て (佐賀) 87 玉島川ダム (佐賀)
88 国営諫早湾土地改良(長崎) 89 川辺川ダム(熊本) 90 本渡港マリンタウンプロジェクト(熊本)
91 高浜港エコ・コースト(高浜海岸人工ビーチ)(熊本) 92 路木川総合開発(熊本) 93 林道住用中央東線(鹿児島)
94 与論港コースタルリゾート(鹿児島) 95 徳之島ダム( 徳之島用水事業)(鹿児島) 96 新石垣空港(沖縄)
97 大国林道 奥・与那線(沖縄) 98 辺野喜土地改良 (沖縄) 99 辺野古海上ヘリポート (沖縄)
100 佐敷干潟埋立(沖縄)

中止・廃止の意見の多かった
 ワースト10
  1. 長良川河口堰(三重・岐阜・愛知)
  2. 国営諫早湾土地改良事業(長崎)
  3. 徳山ダム建設事業(岐阜)
  4. 藤前干潟埋立(愛知)
  5. 吉野川第十堰建設事業(徳島)
  6. 首都圏中央連絡自動車道(茨城ほか)
  7. 三番瀬埋立開発計画(千葉)
  8. 細川内ダム建設計画(徳島)
  9. 中部新空港計画(愛知)
  10. アイランドシティー整備事業(和白干潟沖)(福岡)
順位はNGOの投票数の多い順
●「日本に世界一高価な橋(明石海峡大橋)。しかし何のための橋なのか?」(4月4日/エコノミスト誌)
●「日本の与党は利益誘導型の公共事業をカットできるか?厳しい目にさらされる浪費型公共事業」「日本の公共投資の問題は政治家の利益誘導と予算配分を固持する官僚にある」  (4月9日/ワシントンポスト紙)
●「日本の景気対策がダメなのは、規模・総額の問題ではなく内容である。なんと77兆円が公共事業に回される!」「公共事業偏重の理由は支持業界を助けるため。経済的には非効率でも、自民党にとっては政治的に効率的」(4月25日/ファイナンシャルタイムス紙)
●「日本が110億ドルかけた橋(東京湾アクアライン)!景気対策には全くならず、国の債務をさらに増やしただけの公共事業!」「日本は政治家に影響力を建設業界に投資するしか能がないのではないか」(4月27日/シカゴトリビューン紙)
●「日本の官僚はそれでもダムが好き!どこの先進国もダムはもうつくらないと言っているにもかかわらず、日本だけはやめられない」(6月9日/サンフランシスコクロニクル紙)


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