VOL.25-4


公共事業を国民の手に取り戻すために
民主党代表 鳩山由起夫 VS 法政大学教授 五十嵐敬喜
 
五十嵐 公共事業の見直しを掲げる鳩山代表や菅幹事長の肉声と、地方の現状に大きなギャップがあるようで、民主党の議員に聞くと、地方に行くほど公共事業反対と言えない強力な圧力が依然としてあるといいます。昨年の総選挙では都市部で票を伸ばしたが、農村部では苦戦を強いられました。公共事業への見直しを掲げたことが影響したのでしょうか。

鳩 山 都市部と農村部では大きな意識の違いがあります。都市の人たちは、税金をたくさん納めているのにメリットが乏しいではないか、もっと福祉や教育に予算を配分してほしいと思っている。1方で農村部では、税金はさほど払っていないけれども、農業の衰退などで地域が疲弊しているから公共事業がほしいという。そうした農村部を動かせなかったのは、無駄な公共事業のバラマキに反対と言いつつも、地方を疲弊させないための解決策を提示できなかったからではないか。公共事業に依存しきっている体質をどうやって変えて、地域の活性化を図るかの方法が見えにくかったからではないかと反省しています。

五十嵐 自民党では昨年、亀井静香政調会長が公共事業見直しを進めました。戦後1貫して公共事業と一心同体だった自民党が、自ら見直しなどと言いだすのは青天の霹靂です。これについて代表はどう見ていますか。

鳩 山 総選挙では都市部で敗北し、自民党はそれだけ追い詰められたということです。だが見直し案については、進捗のなかった事業を羅列したにすぎない。量的にも何万のうちの200いくつにすぎず、形のうえで見せかけているような気がしてなりません。公共事業を見直すつもりなら、財政の健全化の方向にまでリードしていかなければウソです。予算編成案を見ても、公共事業を景気対策や選挙対策の手段として使おうという発想は十分に残っています。

住民参加の行政へ

五十嵐 自民党では昨年10月6日、公共事業の見直しについて、学者を集めて「21世紀の公共事業を考える有識者会議」(座長は的場順三・大和総研理事長。以下、亀井委員会)を設置し、翌月には報告書を出しました。また民主党では、代表が10月12日に天野さんや私を中心とする「公共事業を国民の手に取り戻す委員会」(以下、鳩山委員会)に公共事業改革についての諮問を行い、鳩山委員会は11月には「緑のダム構想」の意見書を、12月には「中間答申」を提出しました。どうして委員会への諮問ということを考えられたのですか。

鳩 山 公共事業を批判するだけではなく、次のステップが必要ではないか。どうやって削減するのかを、個々の制度設計の次元で具体的に考えなくてはならないと思ったからです。いざ止めるとなると、いろんな問題が複雑に絡みあっているので、具体的な方策を考えねばならない。これまで公共事業にどっぷり依存してきた地域の今後はどうするのかといった問題もある。そうしたところを、有識者や市民に参加してもらって公共事業の質的な改革を実現したいと思ったわけです。

五十嵐 二つの報告で決定的に違う点は、亀井委員会はあくまで国が中心です。公共事業は国がやり、その邪魔にならない範囲内で地方にやらせるという発想です。それに対して鳩山委員会は、基本は地方の自主創意でした。

鳩 山 いままで中央集権的に国がコントロールしてきたのを、地方の自立性に極力任せるような方向に制度を変えていくことが、我々の役割だと考えます。基本は地方自治体に権限も財源も委ねる。

五十嵐 地方が計画を決めるときも、首長が決めるのではなく、市民が参加して考えるというシステムが欠かせません。自分たちに必要な事業は何か、といったことを市民が決めていくべきなのです。

鳩 山 「中間答申」では、それを「市民事業」と言っていましたね。

五十嵐 これは、亀井委員会にはまったくない発想です。

鳩 山 そこはいちばん肝心な部分じゃないですか。

五十嵐 ただ問題は、そうするときに邪魔になる法律が山ほどあるのです。個別法を改正するための議員立法集団を作らなくてはならない。

鳩 山 抵抗も大きいでしょうが、このことを行わない限り、国民に信頼される政治には絶対ならない。それに国民が地域づくりに自ら参加し選択すれば、責任も持つことになる。住民投票や首相公選性を含めて、住民が参加して国をつくり、責任を持っていくというのは、すごく大事な発想ではないか。インターネットの普及などにより、住民が直接参加できるシステムづくりは容易になってきているわけで、後戻りできない方向でしょう。

「緑のダム構想」

五十嵐 鳩山委員会は、昨年11月1日に「緑のダム構想」を出しました。これは非常にラジカルで、今後建設される予定の500のダムは原則として全部やめるという案になっている。治水や利水の観点からみて、ほとんど不要ということですね。ダムによって治水を考えるよりも、むしろ森林の健全な育成を図るほうが治水効果もあるし、地域産業の面でも意味がある、という中身になっています。

鳩 山 正直に言って、私もいろいろな現地を視察していなかったなら、ダム計画を全部やめろなんていうのは荒っぽい話だと感じたでしょう。ただ、先日も川辺川ダムの辺りを実際に見てきて、どう考えても治水上の必要性はないし、農業者や漁業者も意味がないと言っている。電力の点でも、3つの発電所を水没させて1つの発電所にしても電力量がほとんど変わらない。とすれば何のためにダムを造ろうというのか、さっぱり見えてこない。しかも完成したダムの多くでは、何年かで砂が堆積し目的が果たせないものもあるという。
 巨額の税金を使って、そういう巨大なダムをこれからも造っていくことが、はたして国の基本的な政策であるべきなのか、私は非常に疑問を感じながら帰ってきました。アメリカなどではどんどんダムを壊していると聞きますから、ここは大局的な見地に立って、多くのダム計画の必要性に対しゼロベースで見直し、その上でどうしても必要なところは認めていくべきだと思います。

五十嵐 問題は、その次です。亀井さんがやった見直しのように、233事業をモグラ叩きのようにするだけでは足りない。これからは公共事業を進めてきた全体のシステムを直さなければいけない。その方策を示したのが「中間答申」です。
 いちばんの元凶は、まず全国総合開発計画(全総)です。4全総では、驚くべきことに事業費として1000兆円使っている。現在の5全総は計算しきれない。公共事業満載です。この計画の下に、16本の個別の中長期計画がある。「中間答申」では、これらの計画はすべて廃止すべきだと提言しています。しかし官僚から見ると、これらは彼らが仕事をしていくための錦の御旗ですから大反発がおきます。5全総を含めた16本の中長期計画の全廃をどのように進めていきますか。

鳩 山 民主党が先生の提案を受け、国会に提出した「公共事業コントロール法案」は、中長期計画はまとめて審議するというところでとどまっていました。しかし、官僚が縦割り行政の下で金科玉条と考えてきたものに、もっと根本的なメスを入れなければならない。私は基本的に16本の事業を解消する方向で議論を進めていきたいと思っています。

地方自治体の自立

五十嵐 長野県の田中康夫知事は、止めようとしている浅川ダムについて役人や議員よりもはるかに自分の目で見ているし、事実をよく知っている。そこが彼の強さになっている。リベラルがどうとか抽象的な話はいっさいせずに、ダムを中止するというゴールに到達するまでの障害物を具体的に乗り越えていく。それがまさに政治だと思う。こうして長野県では政治が非常にリアルになった。これが政治に対する市民参加の条件なのです。
 そういうレベルで国政を見ると、このようなリアルさがない。たとえばダムについて、具体的な数字を使って議論するのではなく、ただワーッと賛成したり反対したりしている。だから国民には、政治は利権でしか動かないように見える。市民が参加し具体的に政策を考えるには、抽象的な政治ではなく、政策科学が必要です。

鳩 山 科学的に考えるとナンセンスなことが、政治的にはナンセンスにならないで、それが平等な配分だとかいって評価されてしまう。目茶苦茶な議論です。意思決定というのは高度の科学的なデータに基づいて判断しなければならないはずなのに、政治家の意思で決まってしまう。私は政治家になるときに合理的に政治をやりたいと決意したのですが、いまだに民主党は政策科学的な判断が足りないと言われる。これは私の課題だと思っています。

五十嵐 公共事業を止めるとして、では地域はどうやって自立できるでしょうか。

鳩 山 逆説的な言い方をすると、公共事業に完全に依存する地域があってもいい。ただし住民が決めて、自分たちのカネを使って公共事業をやるべきです。そういう街と、公共事業の代わりに教育や福祉を重視する街とを比較してみて、実際どちらが住みやすいかということになれば、最終的には勝負がつくのではないでしょうか。3300の自治体が自らの意思で自由に選択して責任をとっていけるようなシステムをつくっていくことさえできれば、結果として公共事業に依存しない街づくりができると思っています。
 ある調査では、公共事業より福祉事業のほうが、雇用に関しては2倍程度効果があるという報告がなされています。公共事業が景気対策になるというのは、もう幻想です。問題は、いままで公共事業で生計を立ててきた人たちに、どうやってスムーズに新しい仕事についてもらえるようにするか。その方向を示していく必要があるでしょう。

五十嵐 世論調査でもわかりますが、景気回復より財政再建を優先させるというのが国民の70%の声になりました。情報を公開したうえで、バラマキ政府よりも、耐え忍ぶ政府をつくるのだと言ったほうが理解を得られる。公共事業はとくにそうです。諌早の干拓だって、あれだけのおカネをかけて埋め立てて、そこで何をするのか。国会では政策科学的な議論は何もしていない。こういうことを国会が議論していく力を身につけないと、この国は沈んでしまう危険があります。

鳩 山 まさに、そこまでの危機感をもっていないところがいちばんの危機なのです。

五十嵐 代表が「政権奪取」と言っているのはわかりますが、政権奪取した後が大変では?借金は政権交代したからといってなくなりません。

鳩 山 国民に情報公開をして訴えたいと思います。十分に国民の皆さんのほうがわかっているでしょうし、我々は逃げないで、本当のことをストレートに伝えていきたい。それが責任政党だと思うのです。

※『公共事業は止まるか』(五十嵐敬喜 共著/岩波新書)より抜粋し要約。  

鳩山委員会の報告書は『公共事業チェックを求めるNGOの会』のホームページで見ることができる。
http://kjc.ktroad.ne.jp/


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