VOL.28-3

『政権交替ができる11月9日の選挙を目前にして』
対談 C.W.ニコル×天野礼子

◆カナダの『森林運用法』の成立 
▼天野 1992年、カナダのブリティッシュコロンビア州で「環境について考える」と公約した野党が選挙で勝利し、政権交替が起りました。そして新政権は『森林運用法』を改正して、木を伐採する時に1本1本の木から税金を取るように定め、その税金を森や川の自然再生に回すようになりました。
私は昨年10月カナダへ行き、ニコルさんの友人のケン・アッシュレーさんや、ケオ川の自然再生をしているドン・マクビングさん、ロイド・ブルースさんにこの事について聞いてきました。カナダではどのような事があって政権交替が必要になったのか、『長良川ネットワーク』の読者に少し詳しくお話していただけませんか。
▼ニコル 「わが地球に繋がっていないものはない」と私は学生にいつも言っていますが、それと同じで、カナダの変化と日本円は密接に関連しています。
どういう事かというと、バブル期は日本円がとても高かったので、カナダはどんどん森林を伐採してそれを日本に輸出しました。その伐採はまったく酷いものでした。特に西海岸の屋久島と同じくらいの量の雨が降るコースト・ノーウィッジの雨林帯は、伐採による川の侵食が激しく、サケやスティール・ヘッド、イワナなどが溯上できなくなりました。産卵に必要な砂利場がつぶされて魚たちは産卵もできなくなってしまった。
ですから、荒れた森と川を復活させるために、社会を動かさなければならなかったのです。
▼天野 カナダの西海岸の木材会社のWFP(ウェスタン・フォレスト・プロダクツ・リミッテッド)などは、新政権により『森林運用法』が改正されて伐採した木の1本1本に税金が取られるのを初めは嫌がっていた。
ところが、私たち《長良川》が一昨年日本にお招きしたビクトリア大学のトム・ライムヘン教授の研究で、サケが森に海の成分を運んでいるということが分かってからは、川を再生するBC(ブリティッシュ・コロンビア)州政府の機関のFRBC(フォレスト・リニューアルBC)に、WFDが人手を提供したりヘリコプターを貸してくれるなど手伝ってくれるようになったようですね。
▼ニコル カナダの材木会社が変わったのは、自分達が変わらないと世界から材木を買って貰えないことが分かったからです。最初カナダの材木に対するボイコットは、ドイツやベルギーなどのヨーロッパで起りました。地元カナダの少数民族による命がけの激しい反対運動もありました。しかし結果的に、こういった「環境コスト」は、会社のとても良いPRになりました。
カナダの木材会社が考えを変えたライムヘン教授の研究『サケと森の関係』について少し説明をしましょう。
サケが海から川に戻るとき、サケの身体はいわば海そのものです。海にしかない栄養分N15(窒素15)が溯上するサケによって森の奥の奥まで運ばれて行く。大きな川だけでなく支流の小さな川、血管でいうと毛細血管の先まで川の流れとは逆流して運ばれて行くのです。そしてクマなど137種類のサケを利用している脊椎動物によってサケが川から森へと運ばれます。1頭のクマは1年間で平均700尾のサケを捕りますが、大部分は食べずに森に残こすのでこれが森の養分となる。このようにサケやイワナは、川の流れに逆らって海の成分を森へ還しそれが森を健康にさせている、ということが教授の研究により分かったんです。
そこでカナダはようやく『環境コスト』に気がついたのです。しかし日本はまだまだ環境コストについて考えていませんね。森林を伐採させた責任がありますから、日本の企業もカナダの森の復活にお金を払うべきだと思いますよ、日本人としてね。
 
◆日本でも『緑の雇用』が生まれた
▼天野 遅ればせながら日本でも『環境コスト』というものにようやく気がつき出して、この2年くらいの間に『緑の雇用』という環境対策ができたんですよ。
1997年、アメリカのゴア元副大統領が熱心に取り組んだCOP3(地球温暖化防止会議)で、日本が議長になり京都議定書が作られました。
このゴア氏がいた頃は日本は後ろからついて行けば良かったので積極的に行動しませんでしたが、ブッシュ政権に変わりアメリカの環境政策がことごとく後退してからは、議長である日本は自分たちで行動しなければならなくなりました。
そこで2001年の各省庁の概算要求時に、和歌山県・三重県・高知県・岩手県など改革的な知事が言いだして、41名の知事たちが「緑の雇用をつくれ」という要求を政府に出しました。しかしこれは、採用されたものの、小泉政権の改革の痛みでリストラされた人を雇おう、というものだったので6ヶ月間の期限付きの雇用でした。
次の2002年には、「6ヶ月間ではなく、いつも出さなければ駄目だ」ということで、林野庁からたったの95億円ですが予算がおりて、『緑の雇用』を年中出すことになりました。これは『地球温暖化を防止するもっとも有効な手立ては森の再生である』とようやく日本政府が気がついたという事ではないでしょうか。しかし気がついたけれどそれをどのようにもっと大きな政策にして行くか、はこれからの問題です。
例えば私たちが河川局へ行き「ニコルさんや川那部浩哉さんと一緒に、中央で日本の河川や森や海の100年を見直す委員会をやりましょう」と言っても、河川局はずっとそれを拒否しています。政府が環境コストについて気がつき始めたことは確かですが、まだ個々の部署では、明治維新以来100年の間に行われた、日本の風土に合わない欧米式の過った河川政策や森林政策を本気で反省しようとしていないのです。
▼ニコル 彼らは決して自分からは反省しないでしょう。でも彼らが反省しなくても、世界から見ればそれは犯罪だとみんな分かっていますよ。
川の話が出ましたが、川を再生させるには小さな支流も森も、そして海も、全部直さないといけません。
川のまわりの森もフォレスターがいないので手入れも手当てもされず、元気がなく弱っている。いま日本中の森で松がものすごく枯れていますが、ミズナラも枯れ始めました。木の病気を広げないためにヘリコプターで農薬をばらまいていますが、農薬は絶対に駄目!逆効果です。
その代りに、病気になった木を伐採してその場で炭にする。燃やしてしまえば病気は他の木にうつらないし、炭は色々と使えますから。そして森には木酢液をまく。
こういう仕事をするには林野庁のチェーンソー兵隊ではない、本当に森の事を考えている人たち、すなわちフォレスターが必要なのです。
それなのに日本はフォレスターを育て森を元気に回復させる努力をしないで、かつてカナダにした事を今はロシアでもしようとしています。ロシアの200万エーカーの原生林を大量伐採して、その木材の90パーセントを輸入する予定なのです。
私は明日から、それと闘いにゆくのよ。

◆あやうい『自然再生推進法』
▼天野 『緑の雇用』が活用されても、日本にはまだまだフォレスターが足りませんね。よその国の木を切る事ばかり考えていないで、自分の国の木を育てる事をすればいいのに、と強く思います。
さて、次は『自然再生推進法』ですが、これは自民党の亀井派と河川局が考え出した法案で2002年の12月に成立しました。一見自然のために良さそうですが、ゼネコンの仕事がない今の状況では『自然再生』の名のもとに自然を痛めつけるだけの間違った工事を行う危険性があります。ですから私や五十嵐さんは「もっと厳しい法案を作らなければいけない」と言って行動していたのですが、残念な事にそのまま成立してしまいました。
この法にともなって北海道では半年で500ものNPOが出来ましたが、その内状を見てみると、ほとんどがゼネコンなどの社員で形成されている。このように日本では『自然再生』という法律が出来てもそこにまたゼネコンが入って来て、川を再生するといっても高知の福留脩文先生の工法ではない、言葉だけの『再生』が行われているのです。
何故こうなってしまうのかといえば、《官僚》が変わらないから。日本の役人を変えるにはやはり《政権交替》が必要なのです。
去年カナダでケン・アッシュレーさんに聞きましたが、カナダ政府でもビクトリア州でも、役人が役所の中で頑張って政権交替する状況が作れたんだと言う事でした。役人が変わろうとしたから政治が変わったんです。カナダの場合は役人と市民が一緒になって政権交替を進めて行きましたが、日本の場合は役人はあてにならないので、市民の側から押して行かないと官僚を変えられません。ここがアメリカやヨーロッパの役人と日本の役人の違いだなとずっと思っています。
▼ニコル 私は元カナダ政府の役人ですが、日本の役人を見ていると日本人として恥ずかしくてしょうがないです。
▼天野 菅直人さんが「政権を取ったら全部の官僚に辞表を書かせて、自分と一緒にやるという人だけ雇う」と言ってますがいいアイデアですよね。私は環境省や林野庁にも、半分以下かも知れませんが、私やニコルさんの言ってる事を理解している人たちがいると思うのです。もしかしたらもっと多くて6割以上いるかも知れない。野党統一政府ができたら、そういう人をチョイスして別に『環境回復省』みたいな新しい省を作るのが良いと思います。

◆『道路を元にもどす時代』
▼天野 石原国土交通省大臣がまだ道路を造ると言っていますが、カナダにはこれとは反対に、今ある道路を見直して、使われていない林道はお金を出してでも元に戻そうという「ディ・アクティティテェイション(活動停止)」という公共事業がありますね。これについてニコルさんが一昨年TBSで90分の番組を作ったけれど、実際はちょっとしか放映されなかった。それを見て私は昨年カナダへ行き、雑誌『つり人』に書きましたが、日本でディ・アクティティテェイションを扱ったのは残念なことにこの雑誌だけです。ディ・アクティティテェイションとはどのようなものか少しお話していただけませんか。
▼ニコル これは使っていない道路をそのまま残すのは経済的・環境的にもったいないので、木を植えたりするなどして、もとの自然に戻そうという事業です。
例えばトラックの通れるような幅の広い林道を造ると、斜面の面積が道路の分だけ減ってしまい使えなくなりますね。そこに川があればそれも分断されて小さな流れになってしまう。また木を伐採すると道路の上下斜面が侵食されて林道が流されたりもします。ですからこの川や林道をできるだけもとの斜面に戻そうとしています。しかしカナダの場合はもとに戻るまで70年かかると言われています。それでも破壊に無駄なお金を使うより、みんなのためになる事に使う方が良いでしょ。林道の他にも林業用の大きな機械を使う場合に必要だった広場もキャンプ場に変えたり、木を育てたり。70年先には大型トラックはもう使ってないかも知れないのですから、それまでの70年間の森の面積を無駄にしないようにする事業です。
いま日本の土木事業者は仕事がないから自然破壊をしてますが、どうせなら仕事のない土木の人たちを本当に自然のためになるこういった仕事に回せば良いと思います。
▼天野 こういった仕事に、いま道路やダムを造っている人たちを振りわけるべきだと思います。けれど今の政府の考え方ではこういう事はできなくて、名前だけの『自然再生推進法』になっている。
さらにこのままの政権だと、20 04年1月に『景観保全法』というのができるんですが、これまた言葉は『美しく』なんだけれど、心が入っていないものになりそうなんです。
▼ニコル 今まで醜いものしか見てない人たちがどうやって景観を綺麗にできるのでしょうかね。
▼天野 五十嵐敬喜教授は、神奈川県の真鶴という美しい海岸に『美の条例』を作り、夜光虫をみよがえらせることを町の目標にしようと言いました。これこそが再生ですよね。でもゼネコンたちの「都市再生」といったら、超高層ビルなどを造るばっかりじゃないですか。同じ言葉なのに随分使われ方が違います。

◆川をフリーにするために

▼天野 2002年に、ドイツ東部を中心に大きな洪水がありましたね。EUの委員会は「遊水地を元に戻すスピードが遅かったために大きな洪水になってしまった」という結論を出したんです。ところが日本ではちょうど『世界水フォーラム』が行われていましたが、そのEUの結論を伝えないで「洪水になったのは温暖化のせいで、だからダムが必要なんだ」と世界水フォーラムで言ったのです。日本ではあれだけの大きな洪水が報道されていない上に、それについてEUの委員会がどのような結論を出したかも知らされないで、その洪水がダムのプロパガンダに、政府によって使われた。
▼ニコル 日本のマスコミは日本人を馬鹿にしていますよ。必要な情報を上からの圧力に負けてきちんと国民に知らせていないんですから。
人間には水が必要ですが、大きなダム1個よりも、生きている水の入った小さなため池が沢山あった方が良いんです。
▼天野 私たちの長良川の戦いも15年続いて来ました。私たちは、自分達がいたから1997年に河川法が変わったし、いろいろ文句を言ってはいますが『自然再生推進法』もとにかく出来たのだと自負しています。今度はいかに「自然再生法」をその名前に相応しいように使ってゆけるような世の中にして行くか、というのが私たちの次の課題だと思っています。
▼ニコル それにはまず、「投票に行こう!」ということだな。


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